top of page

超!異世界転生 ④

 二人は城への道を走っていた。否、正確には、サリエを背負ったアドマイアが走っていた。

「城への道はこんなにも整備されていたのだな」

「竜人どもは馬を使って村に来るからな。繰り返し来るのだから、整備もされているだろう」

「それもそうか」

「お前、馬よりも速いんじゃないか?」

 アドマイアの腰には剣が携えられていた。


 竜人の国の門は巨大で、その前には門番が二人立っていた。アドマイアは気に留めることもなく、その間を突き抜けた。アドマイアの足はあまりにも速く、門番たちは何が起きたのかすらわからなかった。




 城下町に入ると、アドマイアはサリエを背中から下ろした。

「この中に、村人を殺した者はいるか」

 サリエは四方にぐるりと手をかざすと、首を横に振った。

「いない。ここにいるのはただの民衆だ。人間を見下し憎しみを向けている者はそれなりにいるようだがな」

「そうか」

「すべては王の仕業だ。王が民衆を扇動した」

「そうか」

「恐らく、村人を殺した奴らは城の中に集まっている」

 その時、何かが空を切って飛んできた。拳よりも大きい、決して小さくない石だった。遠くで「人間だ!」と声が上がった。

 アドマイアは片手で石を受け止めると、そのまま手を握りしめ粉々に潰した。その光景を目にした竜人たちは、無言で道を開けた。




 城へ着くと、跳ね橋が二人を阻んだ。サリエが言う。

「橋が降りるまで待とう。きっと近いうちに内に誰かが通るだろう」

 しかしアドマイアは周囲を見渡し、「その必要はない」と力強く言った。

「サリエ、背中に捕まれ。絶対に離すなよ」

「はあ?」

 そう言ってサリエを背中に乗せると、アドマイアは城壁の近くにある大木に上り、身体を揺らし始めた。そして大木がしなり、城に向かって大きく勢いづいた瞬間、アドマイアは力強く跳び上がった。サリエを乗せたアドマイアの身体は飛んでいき、見事! 城壁の縁を掴んだ!

 それから壁を伝って内部に降りると、アドマイアはサリエを背中から静かに降ろした。

「しっ、死ぬかと思ったッ!」

 地面にへたり込むサリエに、アドマイアは笑みを見せた。

「よくぞ振り落とされなかった! お前ならできると信じていたぞ、サリエ!」

「私は室内族だッ……無理をさせるなこの馬鹿者!」

「悪かった。すぐにでも、仲間を傷つけた連中を片付けたくてな」

「……ふん、まあいい。さっさと行くぞ」




 城の入口には二人の門番がいた。アドマイア達は隠れもせず、堂々と彼らに向かって行った。

「お、女!? 誰だ貴様らは!」

「サリエ、彼らは?」

「今回の虐殺には関わっていないが、拉致した人間を日常的に殴って憂さ晴らしをしている」

「そうか」

 アドマイアは目にも止まらぬ速さで剣を抜くと、さっと二人の門番の首を切り落とした。アドマイアは振り返ることもせず、ゆったりとした足取りで城の中へ歩を進めた。


 城内に入ると、突然の予期せぬ侵入者に驚く何人もの竜人が、呆然とした顔でアドマイア達を見た。「侵入者だ!」竜人がそう叫ぼうとした瞬間、アドマイアは剣を投げ一人の喉に突き刺し、それと同時に走り出し、別の竜人の首を掴んで折り、さらに近くにいた竜人の首を蹴り上げた足で刎ね飛ばした。しかし遠くの竜人までは届かず、彼らはけたたましい警報を鳴らした。すぐに十数人もの竜人兵士たちが集まった。

「人間だ! 殺せーッ!」

 何人もの竜人がアドマイア達に向かってきた。アドマイアは剣を回収すると、サリエに一つの傷をつけることもなく、次々に襲いかかってくる竜人達の首を的確に切り落としていった。剣を振り回しながらアドマイアは、直立したままのサリエに聞く。

「なあサリエ、ついうっかり殺してしまったが、問題なかったか?」

「安心しろ、こいつらは全員、何らかの形で人間に危害を加えている」

「そうか、それは安心した」

「この城にいる奴ら全員殺して構わない」

「わかった」

 アドマイアは剣を振り回し続けた。


 敵の首を全て落とし終えると、先ほどまでの騒ぎが嘘のように、静けさが訪れた。しかしアドマイアの耳は捉えていた。城の最上階で走る者達の足音と、部屋の奥で、恐怖に震えながら息を潜める者の気配、捕えられた人間の、困惑に満ちた気配を。



 廊下を進んでいると、サリエがある扉の前で足を止めた。

「この中に、セトナを殺した者がいる」

 アドマイアの脳裏に、破られた天文の書と、傷つき、横たわるセトナがよぎった。アドマイアは一瞬、精神的な苦痛に顔を歪めたが、すぐに力強い目つきに変わり、扉を蹴破った。中には三人の竜人がいた。竜人達は恐怖に満ちた目でアドマイア達を見る。サリエは一人ずつ竜人を指差し言った。

「こいつはデズ。暴行の主犯格。やろうと言い出したのもこいつだ。殴って、犯して、やりたい放題だ。こいつはルド。人一倍他者の知性に憎しみを抱いている。セトナの書いた文章を破ったのはこいつだ。当然、暴行にも加わっている。で、そっちにいるのはバル。二人がやっているから自分もやったというだけの、まあ、つまらない奴だな。それなりに暴行を楽しんでいたようだが」

「なっ、な、なんだァお前達はッ!」

「アドマイア、こいつらの名前と罪状を書き記しておいてやろうか? 醜聞として後世にまで伝えるのだ」

「くだらぬ悪人の名前など、記録するに値しない」

「そうか? まあいい」

「てっ、テメェ、調子に乗んじゃあ……」

 竜人の一人が、震えながら斧を持ってアドマイアに飛びかかった。しかしアドマイアはこれをひらりと避け、竜人の首に手刀を入れた。竜人の首はアドマイアの手によって直角に折れ、そのまま絶命した。

 それからアドマイアは残りの二人の元へ歩み寄ると、気圧される彼らの首を静かに掴み、上に持ち上げた。

「ぐ……ぐるし……」

「貴様らを殺すのに剣など要らぬ」

 アドマイアはたっぷり時間をかけて二人を窒息させたのち、手を離した。

「貴様らに名誉の死など、永遠に訪れぬ」

 二人の絶命した竜人が、床に倒れ込んだ。




 次なる対象を探すため、アドマイアとサリエが廊下を進んでいると、風を切る音と共に背後から矢が飛んできた。アドマイアは振り返ることなく、それを片手で受け止める。目線を戻すと、驚きの表情を浮かべた竜人の子供がいた。自ら放った矢が掴み取られたことに、ただ呆然としている。

「子供……? なぜここに」

 次に子供は短剣を取り出すと、決死の表情でアドマイアに向かってきた。

「うおおおーーーーーーーーーっ! あっ」

 アドマイアは体をひねり躱すと、子供の腕を軽く掴み捻り上げた。

「いでででででででで!」

「アドマイア、こいつはセトナを殺した男の子供だ」

「そうか。ならば……」

 アドマイアは子供に向かって言った。

「よく覚えておけ。お前の父親は罪の無い人間を陵辱し、殺した」

 しかし子供は震えながら叫んだ。

「にっ、人間相手にやったんだろ? ならそれって、良いことじゃないか!」

 それを聞いてアドマイアは子供を、しかしサリエが制した。

「待て、子供だ」

「そうだな」

 アドマイアはぽつりと言うと、大きく開いた目で子供の目を見て、地獄のような声で言った。

「殺すのは十年待ってやる。その間にお前が自分で何を言ったのか、よくよく考えることだな」

 そして付け加えた。

「狙ったのが私であったことは褒めてやろう。もしもそこの魔術師を少しでも傷つけていたら、お前の命はなかったぞ」

 子供は地面にへたり込み、立ち上がる様子はなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「アテラ!」

「アドマイア!」

 アドマイア達は、部屋の中で鎖に繋がれているアテラを発見し、声を上げた。

「生きていたか!」

「ああ……肉体はな」

「肉体は?」

「話は後だ。それよりも、外で何が起こっている? 生憎この鎖のせいで音しか届かないが、どうにも賑やかなようだな」

「それはだな」

 サリエが口元を歪め、楽しげに答えた。

「こいつが竜人を殺して回っているのだ」

 アドマイアは不服そうにサリエを一瞥する。

「何がおかしい」

「あの性根の腐り切った竜人を殺してまわっているのだぞ、これが笑わずにいられるか」

「気持ちの悪い奴だな」

 アドマイアはアテラの鎖を引きちぎった。アテラは感心したように「流石の怪力だ」とアドマイアを見た。

「ところでアドマイア、サリエ。ダグという竜人の男を見なかったか?」

「いいや、知らないな」

「そうか。よければ、その男を見つける手伝いをしてくれないか?」

「いいぞ、どうせ全員殺すからな。しかし、何故その男を?」

「私の尊厳を、あの男は踏みにじった。けじめをつける必要がある」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「クソッ、なんだよ、なんだよあの人間!」

 荒い息を吐きながら、ダグは最上階への階段を駆け上がっていた。

「クソッ、クソッ」

 ダグは走っていた。

「人間の中に強い奴がいるとは聞いていたが、あんなに強いとは聞いていない!」

 最上階に辿り着くと、ダグは部屋中の布を掻き集め、即席の落下傘を作り上げる。そして、ためらうことなく窓から飛び出した。

「女は置いてきちまったけど、非常時だ、仕方ねえよな」

 落下傘を使って飛び降りるのは、ダグにとって人生で初めてのことだった。ただ無事に着地することだけを考え、必死に布を操作する。

 そうして着地した先には、

「……女?」

 アドマイアとサリエ、そしてアテラがいた。

 アテラは剣を腰に携え、一歩前に進み出て言った。 

「貴様、よくも私を陵辱してくれたな。剣の錆にしてくれる」

「はっ? お前、は? どういう……」

 言い終わる間も無く、アテラは目にも止まらぬ速さで剣を抜き、次の瞬間には、二十等分にされたダグの塊が出来上がっていた。断面から血が噴き、バラバラと肉の塊が崩れ落ちていく。

「見事な剣技だ……」

 アドマイアが、思わず感嘆の声を漏らす。一方でサリエは露骨に顔をしかめた。

「げ……アドマイアの殺し方はもう少しこう……原型を留める感じだったぞ」

 サリエは苦々しい顔で言ったが、アドマイアは構わずアテラへと問いかける。

「アテラ、奴に後悔する時間は与えなくてよかったのか?」

「いい。一刻も早く殺したくてたまらなかったんだ」

 アテラは静かに剣を鞘に収めた。しかし次の瞬間、アテラの表情が歪んだ。そして堪えきれず、その場に崩れ落ち、声を震わせた。

「アドマイア……どうしよう、私は……妊娠しているかもしれない、妊娠などしていたら、私はどうしたらよいのだ……」

「アテラ……」

「私は子など産みたくない! ましてやあんなに気持ちの悪い屑との子など! クソ、私が女でさえなければ!」

 アテラは顔を伏せ、地に向かって叫んだ。あまりにも絶望に満ちた嘆きだった。アドマイアは必死にかける言葉を探すが見つからず、ただただ沈痛な面持ちで立ち尽くした。しかしサリエは違った。サリエはいつもの淡々とした調子で言った。

「安心しろ。私は薬も少しわかる。苦痛なく堕ろせる薬を作ってやろう。お前は自分の性別を恨む必要などない」

「なんだと……?」

 アテラは信じられないという顔でサリエを見上げた。その言葉に、アドマイアは顔を輝かせた。

「サリエ! そんなことができるのか!」

 しかしアテラは、依然として不安げな顔のままだった。

「サリエ、お前は、堕胎を肯定するのか? 命を、殺すのだぞ?」

「望まない命なのだろう? 仮に妊娠していたとして、産むのはお前だ。お前の選択を尊重しよう」

「サリエ……!」

 アテラの顔が明るくなる。アテラは目を潤ませ、サリエの手を取って、力強く握った。

「うわっ」

「私はお前のことをずっと誤解していた。見直したぞ、サリエ!」

「はあ?」

「ありがとうサリエ! 本当に感謝するぞ、サリエ! サリエ!」

「なんなんだお前は!?」

 この瞬間、二人の間に固い友情が生まれた。その様子を、アドマイアは満足げに眺めた。




 その後もアドマイアは、捕えられた人間達を解放しながら、隠れている竜人を見つけては次々と殺していった。母親を殺した者を見つけ出しては殺し、父親を殺した者を見つけ出しては殺し、ゾモを殺した者を見つけ出しては殺し、メルレを殺した者を見つけ出しては殺し、カリエルを殺した者を見つけ出しては殺し、テノを殺した者を見つけ出しては殺し、アテラの父親を殺した者を見つけ出しては殺し、アテラの母親を殺した者を見つけ出しては殺し、シノの父親を殺した者を見つけ出しては殺し、シノの母親を殺した者を見つけ出しては殺し、三人の若い竜人を殺した者を見つけ出しては殺し、


 やがてアドマイアが我に返った時、城内には、もはや誰ひとり残っていなかった。


「これは……」

 アドマイア一行が最上階へと辿り着くと、そこには高価な紙に走り書きされた、「屋外闘技場で待つ」との一文が残されていた。

「王からの果たし状か」

「よほど自信があるようだな」

「どうだかな」

「なんにせよ、行くしかあるまい」

 アドマイアはアテラとサリエを抱えると、窓から飛び降り闘技場を目指した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「遅かったな、人間」

「数が多かったものでな」

 アドマイアとアテラ、サリエは、堂々と闘技場の中心へと歩を進めた。

 そこは巨大な円形型の闘技場だった。すでに客席は満員で、その中央には、鱗の生えた筋骨隆々の男が上半身裸で待ち構えていた。足元には、棘のついた巨大な鉄球が置かれている。

「貴様がこの国の王か」

「そうだ。この俺こそが竜人の王、ゲロイアだ」

 その宣言と共に、客席から歓声が湧き上がる。観客の多くは、成人した男たちだった。

「人間、光栄に思え。貴様はこの俺、ゲロイア様が直々に相手をしてやる、数少ない存在なのだからな」

 尊大な声が響く。それに対し、サリエが口を挟んだ。

「ゲロイアといったか、お前はなぜこのような方法をとる?」

「はあ? どういう意味だ」

「お前がアドマイアに惨たらしく負けるのは目に見えている。だというのに、なぜお前はわざわざ多くの民衆の前で恥を晒すことを選ぶのかと聞いている」

「俺をその他大勢の雑魚共と同じだと思ってるのか? そいつらは弱いから負けたんだ。俺はそいつらとは違う。俺はこの国で誰よりも強い!」

 再び歓声が巻き起こる。アドマイアの隣でアテラが囁く。

「確かに……これまでの敵とは纏う気配が違う。油断するな、アドマイア」

 ゲロイアはアドマイアに向かって言った。

「貴様のように頭のおかしい人間は都合がいい! 心置きなく惨殺できるからな!」

 観客席からさらに、同意の歓声が上がった。それにアテラは憤り、目を見開いた。

「誰が頭のおかしい人間だ! アドマイアは正気のまま、貴様らを裁いているのだ!」

「いきなり他国に乗り込んできて、罪のない兵士たちを皆殺しにしておいて、頭がおかしいと以外になんと言えば?」

「罪のないだと? 貴様らが我々人間にどのような仕打ちをしてきたのか、知らないとは言わせない! 私にアドマイアほどの力があれば同じようにしていた!」

「アテラ、構わない」

 アドマイアは静かに制した。

「アテラ、私はなんと言われようとも構わない」

「アドマイア! ……そ、そうだな。お前の品位は、あんな下劣な者の言葉ごときで揺るぎはしない!」

「そうではない。私は今この時において、己の品位などどうでもよいのだ!」

「アドマイア……!」

 アドマイアはゲロイアを見据え、宣言する。

「竜人の王よ! 私は今、私的な復讐のために、貴様を殺しにやって来た!」

 アドマイアは続けた。

「我が家族、友人、隣人は、貴様の国の者に惨殺された! その元凶は貴様だ! この恨み、ここで晴らさせてもらおう!」

 ゲロイアは嘲るように笑った。

「元凶は俺だと? 笑わせる。俺はただ統治をしていただけだぞ? 民が勝手に殺したんだ。お前の大切なお仲間さんを殺したのは俺じゃあない」

「貴様は民に人間への憎悪を植えつけた! それだけで十分だ!」

 アドマイアは拳を握った。

「貴様に人倫を説き、反省を求めても無駄であることは知っている! ならばせめて、貴様には恐怖に満ちた死を与えよう! これが私にできる、最上の弔いだ!」

「はっ! 何が恐怖に満ちた死だ! 恐怖に泣き叫ぶのは貴様の方だ、このクソ人間!」



 その瞬間、客席からこれまでにないほどの歓声が湧き上がり、ゲロイアは勢いよく鉄球の鎖を振り上げた。その鉄球はこの世の全てを吹き飛ばす速さで飛んでいき、目の前の女の頭に命中した!




……はずだった。




 ゲロイアは地面に倒れ伏していた。頭のおかしい、あの人間の女は、ゲロイアに近づいてすらいなかった。



 手足が痺れる。息が苦しい。どういうことだ。どういうことだ。




 ゲロイアが困惑する一方で、アドマイアもまた困惑していた。アテラも、サリエも。

 ゲロイアが倒れている。それも、アドマイアが何もしていないうちに。ゲロイアの背中には一本の矢が深く突き刺さっていた。ゲロイアの顔色はみるみるうちに青ざめ、口からは白い泡が溢れ出した。

 困惑しながらも、アドマイアの目は捉えていた。直前に、客席から放たれた矢が飛来する瞬間を。しかし、アドマイアの頭は疑問符で満ちていた。この矢は一体誰が? なぜ?

 唯一、サリエだけが、すべてを理解したようにため息をついた。そして、客席に向かって言った。

「矢を放ったお前、そう、お前だ、そこにいるお前。出てこい。出てきて皆に説明してやれ」

 ざわつく客席の中から、暫くして、一人の男が現れた。捲った袖の下からは、輝く鱗が覗いている。竜人の男だった。闘技場の中央に来ると、男は口を開いた。

「俺です。矢を飛ばしたのは」

 その瞬間、観客席が騒然となった。怒号と驚愕が飛び交う。

「貴様ら、こいつは話をしてくれるそうだぞ。まずは話を聞いたらどうだ」

 サリエが言う。しかし客席の声は収まらなかった。それどころか、声はより激しくなるばかりだった。しかし、その時だった。

「黙れ!!!!!!」

 アドマイアが大喝した。地面が割れるほどの衝撃に、客席は一気に静まり返った。

 それから、アドマイアは男に向かって静かに言った。

「矢を放ったのはお前か。説明してくれないか。お前は何者で、なぜこのようなことをしたのか」

 男は素直に答えた。

「はい。ええと、人間……多分あなたのことだと思うんですけど、あなたに王を倒すよう頼んだ竜人が三人いたでしょう? 一人が女性で二人が男だったと思うんですけど。俺はあのうちの男の一人の……そいつの恋人です」

「何?」

「恋人を殺されて、っていうかその前に恋人は国を追放されてもいて、俺も王が憎かった。だから殺した。それが一番の理由です」

「なんと……そうだったのか……」

 アドマイアが驚きの声を上げる。

「ていうかそうじゃなかったとしてもこいつが王っていうのは普通にあり得ないですよ。同性愛者はどれだけ痛めつけてもいいと思ってるし。女性のことは普通に見下してるし。自分に不都合なことを言う人は国外追放だし。人間とだって仲良い方が良いに決まっているでしょう。側近にしてたくさんお金をあげるのは自分を持ち上げてくれる人だけ。それも異性愛者の男に限る。国民の生活なんてどうでもよくて、自分が気持ちよくなることしか考えてない。自分とごく少数の人しか得しない気持ちの悪い理想に酔って、そのためにその他大勢を犠牲にして、何か偉いことをした気になっている。ああゲロイア、国民が皆あなたのことを尊敬していると本気で思っていますか? 思っていますよね。あなたの耳には都合のいい言葉しか入ってこなくて、それ以外は全部嘘の知らせか気狂いの戯言なんですから。ていうかそういう都合の悪いことを言う人は皆処刑したんですから。まああなたみたいな明らかな不適格者を為政者として受け入れている国民も大概まともじゃないですが、これだけ人がいれば愚かな国民も一定数いるわけで。ていうかまともな人は皆あなたが殺したり追放したりしてるから、皆愚かなふりをするしかないみたいな側面もあるわけで。ていうかずっと男男男男うるさいんですよ。真に優れた男とか真の竜人とかも訳わからないですし。そんなのてめえが定義するなって話なわけで……」

「貴様ァ……!」

「俺がどのくらい恋人のことを好きだったかわかりますか? 俺がどのくらい恋人の仕事を尊敬していたかわかりますか? ゲロイア”元”王、心配しなくても、あなたに気付かれないように水面下で繋がっている同志はたくさんいますから、次の政治は俺たちが責任持って行いますよ」

 男は淡々と言った。冷淡な眼差しでのたうち回る王を一瞥し、それからアドマイアの方を向いた。

「あの毒矢……はじめは即死する毒を使おうと思っていたんですが、あなたの話を聞いて気が変わりました。やっぱりこいつは、苦しんで死んだ方がいい。だから直前で、ゆっくり効く毒に変えました。だからほら、まだこいつ、生きているでしょう?」

 そう言うと男は、矢を抜き、ゲロイアを仰向けにして寝かせた。ゲロイアにはまだ微かに息があった。ゲロイアは目を見開いて男を凝視した。男はゲロイアの目を見返して言った。

「この毒は遅いですが絶対に効きます。解毒薬はありません。あなたはここで絶対に死にます。完全に効くにはもう少し時間がかかるので、もう少し苦しんでください」

 今のゲロイアには威厳も尊厳もなく、ただ呻きながら、ゆっくりと、確実に死に向かっていった。この場にいる民衆は、誰一人としてゲロイアを助けなかった。彼らの多くは、ゲロイアの思想に染まっていた。ゆえに、弱者となったゲロイアは失望と軽蔑の対象となった。やがてゲロイアが息を引き取ると、否、息絶える前から、一人、もう一人と、客席から人影が消えていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 穏やかな風が吹き抜ける、暖かな日の下。アドマイアとアテラ、そして生き残った村人達は、墓の前でゆっくりと、長い、長い、黙祷をした。

「……これで全員分、終わったな」

 アドマイアが低く、静かに言った。

「みんな、この人数でよく頑張ってくれた」

「アドマイア……」

 アテラは堪えきれず涙を零し、アドマイアの胸に飛び込んだ。

「大変な惨劇だった。本当に大変な惨劇だった。しかしアドマイア、お前のおかげで私達は救われたよ。本当に、本当にありがとう」

 アテラに続いて、他の村人達もアドマイアに抱きつき、涙を流した。しかし、アドマイアは重い面持ちのまま、静かに言葉を返す。

「しかし、私は多くの者を救えなかった」

「それでも、私達は救われた」

「お前達……」

「アドマイア、お前は十分に闘ってくれたよ。十分すぎるくらいに」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「アドマイア、竜人達から詫びの品が届いた。それと、平和の誓いを結びたいと。村の再建のための人員も派遣したいそうだ」

「おお、そうか」

「アドマイア、これは受け取るべきだろうか……」

「お前はどう思うのだ、アテラ?」

「私は……受け取って良いと思う。竜人達は変わった。今の竜人はかつての邪悪な者とは違う。共に新たな一歩を踏み出すのは、悪くない決断だと思う」

「ならば受け取れば良い。村の行く末を決めるのは、村の者たちだ」

「まるでお前が村の一員ではないかのような言い方だな」

 アテラは笑った。しかしアドマイアは一瞬寂しげに表情を曇らせ、それでもすぐに穏やかな笑みに戻り、静かに言った。

「そうだな。私はもう、元の持ち主に肉体を返さねばならない」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 村の広場の中央。陽光が降り注ぐ中、アドマイアは、地面に描かれた大きな魔法陣の中心に横たわっていた。その周りでは、サリエと、アテラをはじめとした村人の全員、そして新たな竜人の長とその側近たちが集まり、静かに見守っている。中には既に涙を流す者もいた。

「まったく、この魔術はこんなだだっ広い屋外でやるようなものではないのだが?」

「最後くらいわがままを聞いてくれてもいいじゃないか、サリエ。皆がそう希望しているんだ。応えないわけにはいかないだろう?」

「ふん」

 アドマイアの横では、サリエが着々と魔術の準備を進めている。道具を並べながら、サリエは問いかけた。

「本当にいいのか、アドマイア? 元の赤子の魂など放っておいて、好き放題生きることだってできるのだぞ?」

「いいのだ、サリエ。私はもう十分に生きた。私は本来この世界にいるべき存在ではないのだ。役目を終えたら大人しく去るべきだろう」

「……あまりそういう言い方をするものではないぞ」

 サリエは最後の道具を置き終えると、アドマイアを囲む全ての人に言った。

「準備はできた。これより儀式を始める。最後にこいつに言いたいことがあるなら、今のうちに言っておけ」

 サリエがそう言うと、皆は次々とアドマイアに感謝の言葉を口にした。皆が大声で言うものだからサリエはやや顔をしかめたが、すぐに平素の無表情に戻り、アドマイアに言った。

「安心しろ。お前の功績は私が書き留めておいてやる」

「……要らないが」

「私達には必要なんだよ」

 横からアテラが言った。それから、アテラは優しく続ける。

「アドマイア、本当にありがとうな」

「ああ、こちらこそ。良い人生を送らせてくれて、ありがとう」

「向こうでシノにもよろしく伝えておいてくれ」

「ああ」

 それから儀式は厳正に執り行われた。サリエが呪文を唱えると、アドマイアの身体が一瞬、優しく光った。それからもサリエは呪文を唱え続け、皆はただ静かにそれを見守った。暫くしてサリエが儀式の終わりを告げると、アテラはアドマイアに駆け寄り、手を握った。アテラが握ったアドマイアの手は、すでに冷たくなっていた。

 その後アドマイアが宿った肉体は丁寧に埋葬され、その墓は皆が持ち寄った花や食べ物でいっぱいになった。こうしてアドマイアの生は終わりを迎えたが、その後もアドマイアの物語は後世に語り継がれた。



おしまい!



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



TOPへ

 

© 2025 by inuprin-2. Powered and secured by Wix 

 

bottom of page