座談会(暫定)
サキュバスが連れられてきたのは、彼にとって、まったく馴染みのない空間だった。柔らかい白とグレーを基調とした、やけに落ち着いた空間。壁際には見事な植物の生えた鉢植えが鎮座し、部屋の中央には、白いテーブルと、それを取り囲むように、赤、緑、青の、実に座り心地の良さそうな四角い椅子が並んでいた。
サキュバスは黒いスーツの女に連れられ、ここに来たのだった。右手には、緑の女神のイラストが印字されたコーヒー。女に持たされたものだった。
「それではごゆっくり」
「えっ」
部屋に一人にされたサキュバスは、所在なく室内を歩き回っていた。所在なく歩き回り、所在なく歩き回っていた……その時だった。
「おわっ、なんだよここ! Googleのオフィスか!?」
サキュバスが振り返ると、そこには見覚えのある女……ではなく、ノンバイナリー、カナミがいた。背中まで伸びた艶やかな黒髪、目の上で切り揃えられたぱっつん前髪、普通に顔がいい顔面、サキュバスの記憶の中にいたその人と、まるで同じ姿だった。
「おっ、カナミやん。元気してたか」
「ゲェーッ、お前かよ」
「君のおかげで、あのあと無事ノルマ達成や」
「知らねえよ」
カナミはぐにゃりと顔を しかめた。おー、この前通りのカナミや。ああ、でも、今日は夜中じゃなくて昼間だから、前よりも微妙に元気な気がするわ。などと、そんなことを考えていたら、再びドアが開いて、今度は見知らぬ人間が入ってきた。
「おや、僕が最後の一人だったか」
その人間は奇妙な格好をしていた。金色のボタンがついた黒のケープに、中には白いシャツ。黒い編み上げの皮のブーツを履き、頭には白いリボンのついた黒いボーラーハットを乗せていた。黒寄りの茶髪が、照明でチラチラと光っている。
「誰だオメー」
「僕はエレという名だ。科学者をやっている」
「マジ? 俺も科学者。同業じゃん」
そう言うとカナミは、手をヒョイっと上げて、そのエレという人間とハイタッチをした。カナミ、昼間だからやっぱ元気やな。
「とりあえず、座って話さないかい? 君たちと一時間トークしてくれと言われたのだけど」
「あー、俺も言われた。いいぜ、座ろ座ろ。にしてもしゃらくせえ椅子だな」
待って、ワイ、そんなこと言われてないんやけど。
エレ「さて。まずは自己紹介といこうか。僕はエレ。生物系の科学者だ。最近はブラックホールに興味を持ち始めて、ハイスクールの物理から勉強し直しているところさ」
カナミ(以下、カナ)「俺は東堂カナミ。俺も科学者。工学系」
サキュバス(以下、サキ)「ワイはサキュバスや。よろしくな」
カナ「あ? オメー、サキュバスは種族名だっつってなかったっけ?」
サキ「そうやけど」
カナ「個人名はないのか?」
サキ「あるけど、君らには出さん方がいいかと思ったんや」
カナ「あ?」
サキ「サキュバス・シックス・センスが騒いどるんや。君らには名前、渡さん方がええって」
カナ「テメー初手で失礼だな」
エレ「ふむ、興味深いね。こういった場では、偽名でも名を名乗るか、名乗らないにしても、もう少し耳障りのいい言葉を出すものだ。対人戦略上の話としてね。君はサキュバスと言ったか。人を魅了する淫魔として、その程度の対人感覚でもやっていけるというのは、なかなか……」
サキ「あかんあかん、解剖せんでくれ。ワイも自分がサキュバス向いてないのはわかっとるんや」
エレ「それは失礼。ではこの話はもうやめようか」
カナ「おっ、素直に引くんだ」
エレ「人を傷つけるのは僕の主義ではないよ」
サキ「もう傷つけとるよ」
エレ「僕は常々思っているのだけどね、笑いにおいて文脈破壊というのは強力な仕掛けなわけだけど、チンポっていうのは、そのための最も純度の高いオブジェクトだと思うんだ」
カナ「わかるぜ。チンコって、人類最大のオモロ・オブジェクトだよな」
サキ「わかるんかい」
カナ「でもチンポって言い方はアレだな、ちょっと湿りすぎてら。チンコくらい乾いてる方がいいよ」
エレ「チンポの方が間抜けな感じがして、破壊 機能は高いと思うけれどね」
サキ「ワイもチンコよりチンポ派や。チンポの方が愛嬌がある。あと、チンコはちょっと暴力性があって怖い」
カナ「お前がそれ言うのかよ」
サキ「ワイだから言うんや。ワイはこの空間で唯一のチンポ持ちやからな」
カナ「関係あんのかよ」
サキ「あるんや」
エレ「何事においても、非当事者というのは気楽なものだからね。僕たちには見えていないものがあるんだろう、カナミ君」
カナ「ほーん」
サキ「ていうか君ら、さっきからチンポの話しとるけど、マンコはどうなんや」
カナ「ありゃダメだな。ちっとグロすぎる」
エレ「同感だね。世界観が急にバイオハザードになる」
カナ「ありゃあ人類の負債だよ」
エレ「同感だ。面白くない上に、暴力の呼び水にもなる」
カナ「マジでそう。シリアスが貼られてるんだよな」
エレ「かなり。しかも月に一回は出血する。まったく、迷惑極まりない臓器だね」
サキ「なんでそんな満場一致で嫌われとるんや。ワイ、手術検討しとるんやぞ」
カナ「不運だったな。ここはそういう集まりだ」
サキ「ていうか君ら、なんでそんなチンポを口に出すのに躊躇がないんや」
カナ「トランスだから?」
エレ「乾いた文脈で性器の話題に触れ続ければ、もはやそれは色気を持たない物体になる」
カナ「医者がチンコに何も思わないのと一緒だろ」
サキ「そうなんか?」
カナ「知らねえ」
サキ「知らんのか」
エレ「例え話とは、しばしば偏見を含むものだ」
カナ「そういやお前ら、エアライダーはやったのかよ?」
サキ「カービィの?」
カナ「そう」
サキ「やっとらん。ワイSwitch2 持ってないんや」
カナ「俺も持ってねえ」
エレ「僕もだ」
カナ「なんだよみんなやってねえのかよ」
サキ「あっ、でもワイ、海外の反応動画は見たで。オー!? サクライ!? サークライ!? って」
カナ「オメー変なとこ見てんな」
エレ「その種の動画は、最も安価に興奮を手に入れられる道具の一つだね。非常にコスパがいい」
サキ「ワイ海外の反応動画見るの好きなんや」
カナ「人気だよな」
エレ「人間の気持ちのいいツボをいくつも同時に押すのだろうね」
カナ「中学ン頃俺も見てた」
サキ「見てたんかい」
カナ「もう飽きたけど」
サキ「飽きたんかい」
カナ「平成インターネットの一過性ブームだと思ってたんだけどな、飽きたのは俺だけだったみてえだ」
サキ「老人みたなこと言うやん」
カナ「何が悪い?」
サキ「なんも悪くないです……」
サキ「そういや君ら、エアライドはやったんか?」
カナ「やってねえ」
エレ「僕もだ」
サキ「ワイも……って、また全員やっとらんのかい!」
エレ「名作という話は聞くね」
カナ「インターネットのおっさんたちが異様に盛り上がるのは知ってる」
サキ「ワイもそれしか知らん……」
カナ「……」
エレ「……」
サキ「話終わったやん」
サキ「せや、ワイ、エアライドはやったことないけどエアライドのBGMはよく聴いてたで」
カナ「まだエアライドの話すんのかよ」
エレ「BGMだけとはどういうことだい?」
サキ「Youtubeで聴いとったんや。名作とは聞いとったからな。曲も名曲揃いやと思ったんや」
カナ「おい待て、それ違法アップロードだろ」
サキ「ええんや。魔界webは魔窟やからな」
エレ「裁かれないだけで、違法ではあるのかな?」
サキ「せや」
カナ「せやじゃねえよ。俺はニンテンドーミュージックで聞いてるからな、一緒にすんじゃねえぞ」
サキ「君ニンテンドーに課金しとるんか」
カナ「してるけど」
サキ「ニンテンドーミュージック、エアライドの曲配信しとるんか」
カナ「エアライダーが配信済み。そんなかにエアライドの曲も入ってる」
サキ「ほーん」
カナ「トリデラは未配信だが、グルメフェスに狂花水月が収録されてるから聞ける。ロボボも未配信だが、スタアラに収録されてるから VS. スタードリームは聞ける。カービィには割とそういうのがあるな」
サキ「はえー、それええな。そんならワイも課金しよかなーって、今更やけど君もエアライドの曲、聞いとったんかい」
カナ「そうだけど」
サキ「そんなら最初に言ってくれや。君何が一番好きなん?」
カナ「スチールオーガン」
サキ「ワイはコルダ」
エレ「なあ、待ってくれ、さっきからまったく話についていけないのだが」
サキ「さっきワイを傷つけた罰や。置いていかれるとええ」
カナ「俺を復讐に巻き込むな」
エレ「ところで、君、さっきから思っていたのだけど、君の方言はネイティブじゃないね?」
サキ「おん?」
エレ「僕が知っているオーサカ・シティの方言と、微妙に違った気がしたのだけど」
サキ「よくわかったな。せや。ワイのホームはなんJや」
カナ「なんJだとしてもパチモン感あるけどな」
エレ「つまり君は、どこにもいけ ない半端者ということかい?」
サキ「君、ワイ相手なら何言ってもいいと思っとるやろ」
サキ「なあ、ワイってめっちゃ顔かわいいやん。なんでそんな君ら厳しいのや」
カナ「お前、ルッキズムって知ってるか?」
サキ「知った上で聞いとる」
エレ「君は顔がかわいい者は優しくされるべきという規範の持ち主なのかい?」
サキ「いや、規範とかやなくて、普通に優しくしたくなるやん、かわいい子って」
カナ「ならねえ」
エレ「僕もだね」
カナ「むしろ優しくしろ、丁重に扱え、っつう圧を感じて無理。感情処理労働の押し付け装置。きしょい」
エレ「それは明らかに言い過ぎだが、まあ、わからないことはない。僕は単に、優しくしたいという欲求が刺激されないだけだね」
サキ「え、じゃあ、ワイ、カナミにはかわいいから厳しくされてたってことなんか?」
カナ「いや? お前は普通に加害者だから厳しいだけだけど」
エ レ「加害者? どういうことだい?」
カナ「こいつ前に俺んちに家宅侵入してきたんだよ。クソ深夜によ、チンコ出して、性行為しろっつって、カスみてえな計器出して、エロメーターがどうのって」
サキ「ワイも必死やったんや」
カナ「謝罪なしかよ」
エレ「ふむ、今ので大体わかったよ」
カナ「仮に加害してこなかったとして、お前の場合はパチモンなんJ語と労働者としてのしょうもなさが強すぎて、一般的なカワイイからは大幅に外れてるよ」
エレ「よかったね、なんJ語が功を奏しているようだ」
サキ「よかったんか……?」
エレ「本当に可愛かったら、カナミ君はもっと厳しくなっていたかもしれない」
カナ「おい舐めんな、別に見た目で厳しくしたりなんかしねえわ。俺はルッキズムには普通に反対してんだ」
エレ「反ルッキズムだったとして、無意識下で影響されていないとは限らない」
カナ「あ?」
エレ「そこがルッキズムの難しさだ。外見情報というものは強い。こちらが意識しまいとしたところで、意識しないように気をつけた時点で意識している。そこで態度を変えないようにするのが人間の理性というものだが、果たして人間の理性とはそこまで信用できるものなのか… …」
サキ「待ってや、ワイ、ルッキズムってもっと、かわいいねとか、足長いねとか、鼻高いねとか、足太いねとか、そういうのを言うなっていう話だと思ってたんやけど」
エレ「ふむ……想定している話のレイヤーが違ったようだ」
カナ「つーかさ、お前はかわいい扱いされて平気なわけ?」
サキ「どういうことや」
カナ「俺は美人扱いされるの、死ぬほど気持ち悪いけど」
サキ「ワイは嬉しい」
エレ「お、これはわかりあうのが難しそうなトピックだね」
カナ「いやさ、褒められてるからって、外見を話題にされてる時点で『評価』はされてるわけじゃねえか」
サキ「せやな」
カナ「評価って上からされるものだろ。評価してくるテメーは誰なんだっつー話」
サキ「まあ……それはそうやな」
カナ「望んでねえ上にそもそもルールも評価基準も歪みまくってるゲームに勝手に乗せられるのも気に食わねえ」
サキ「まあ……言っ てることはわかる」
カナ「外見評価って、そもそも対等な人間扱いされてねえからこそされるんだよ。人間じゃなくて、物体とかコンテンツとして見られてるからそうなる」
サキ「言い過ぎやけど……まあわかる」
カナ「っつーわけだからさ、見た目を褒められんの、普通に嫌じゃね?」
サキ「いや、ワイは嬉しいけど……」
カナ「……」
エレ「カナミ君、他に言うことは?」
カナ「もうねえ」
サキ「聞いてくれや、ワイの周り、なぜかここ数年で急速にコナンにハマり始めとるんやけど、二人はどうや」
カナ「俺は興味ねえ」
エレ「僕もだ。そもそも見たことがない」
サキ「なんや、エアライドに引き続きこちらもみんな未履修かいな」
カナ「いや俺はガキの頃親に見せられたけど……」
サキ「おお」
カナ「普通に知性観が合わなくてテレビ割りそうになったな」
サキ「怖すぎやろ」
エレ「君は子供の時からすでに知性に関して思想を持っていたのかい?」
カナ「思想っつうか、思想以前のムカつきだな」
サキ「子供でコナンの演出に引っ張られないの、なかなかやで」
カナ「いやそこは違くて、演出があったからこそムカついたんだよ、多分」
エレ「ふむ、君は画面が受け手の感情を操作しようとする気配に敏感だったのかな?」
カナ「いやそれは……お前コナン見たことないだろ、コナンは気配どころの話じゃねえぞ」
サキ「せやな。だいぶ大声で『ハイ、皆さん、ここでエモくなってください。では次は、切なくなるシーンです』って言っとる」
エレ「ふぅん、そうなのかい……」
サキ「ていうか君、この歳でコナン見たことないの、ちょっとすごいな」
エレ「そうかい?」
カナ「お前、今更だけどどこの文化圏の人間なんだ? 大阪のことはオーサカ・シティとか言うくせに、Switch2とかエアライドの話は知ってるし、コナンも名前だけ知ってるし……」
エレ「日本ではないどこか、とだけ言っておこうか」
サキ「おお」
エレ「ここに来る途中のタクシーで、日本についての資料を渡されたのさ。それを読んできたおかげで、今君たちとそれなりに話せている」
カナ「へえ、資料読んだだけでこんなに話せるのかよ。すげえな、どんだけ読んだんだ?」
エレ「僕はそんなに多くを見ていない。山が当たっただけだね」
カナ「山?」
エレ「君たちは平成インターネットの出涸らしだと聞いた。だからそれに関連するトピックを優先的に読んだだけさ。そしてそれはかなり、当たっていたようだ」
カナ「殺すぞ」
サキ「殺すぞ」
サキ「コナンの続きやけど、ワイの周り、なぜか全員哀ちゃん好きって言うんや。全員やで全員。これってなんでなんやろ」
カナ「知らん」
エレ「僕もだ」
サキ「ほな、わからんか……」
カナ「……」
エレ「……」
カナ「お前さ、大阪のことはオーサカ・シティとか言うカス解像度のくせに、こいつ(サキュバスの方を指差す)のパチモン方言はわかるんだな」
エレ「そうだね、オーサカという地のネイティブな言い方は知らなかったが、オーサカの人々自体は結構見ていたんだ」
カナ「ほーん、なんで?」
エレ「オーサカの笑いは僕の国のダークウェブでそれなりに人気なんだ」
カナ「ダークウェブかよ」
サキ「いやわかるで。あのへんの笑い、倫理怪しいからな」
カナ「でもオーサカシティのシティはどっから出てきたんだよ」
エレ「それは僕にもわからない。僕の国では自然にそう呼ばれていたんだ」
カナ「ふーん」
エレ「君たちはサハラをサハラ砂漠と呼ぶ。たとえそれが、砂漠砂漠になっていたとしてもね。それと同じようなものだろう」
カナ「それは微妙に違う気がするけど……まあ言わんとすることはわかった」
サキ 「待ってや、ワイ、わかっとらん」
エレ「説明はしないよ。説明することで死ぬ言葉もある」
カナ「今のは割と死んでいい言葉だろ」
サキ「君ら好きな人おらんのか」
カナ「急に修学旅行ノリやめろ」
エレ「僕もその定型句は予習済みだ。今のは確かに修学旅行的だね」
カナ「お前の予習範囲どうなってんだよ」
エレ「出涸らしにチューニングしているとだけ言っておこうか」
サキ「そんで、なあ、どうなん? 好きな人おるん?」
エレ「それは恋愛的な意味でかい? 好きには友愛、家族愛、性愛、色々あるが……」
サキ「恋愛や! 修学旅行の『好きな人はおるん?』は恋愛に決まっとる!」
エレ「おっと、そうなのかい。それは予習不足だった」
カナ「ネイティブ相手でもそういう暗黙の了解を押し付けるのは普通にクソだろ。俺でも突っ込む」
サキ「すまん」
エレ「それで、恋愛的に好きな相手はいるのかという話だね。僕にはいないよ」
カナ「俺もいねえ」
サキ「ワイも……って、またこの流れかい」
エレ「ふむ、恋愛の話題においてもこの場はサンプルとして偏っているようだね。ちなみに僕は、過去にもそういった相手はいたことがない。君たちは?」カナ「俺も昔からいたことねえな」
サキ「ワイは幼稚園の頃にはいたで。マコちゃんっていう、おしとやかなサキュバスやったんや」
エレ「ふぅん、そうなのかい」
カナ「へえ」
サキ「せや」
エレ「……」
カナ「……」
サキ「……深掘りしてくれんの?」
エレ「ああすまない、深掘りして欲しかったのか」
カナ「続けないから聞かれたくないのかと思ったわ」
サキ「いや、ワイも、そっちが聞かないから無理に話したらアカンのかなって……」
カナ「あっそ……」
サキ「せや……」
エレ「ふむ、この場にしては珍しく読み合いが発生したね」
カナ「いやさ、俺だって、恋愛話は深掘りするのがマナーみたいな文化圏があるのは知ってんだよ。でもさ、それって俺の中じゃほとんどファンタジーなわけ」
サキ「君知り合い二人しかおらんもんな」
カナ「そうだよ。だから肌感がわかんねえの。恋愛って多分、すげえ個人的な領域じゃん? 普通、個人的な領域って、踏み込むのは相当慎重にならねえとじゃん? 恋愛だけ急に例外扱いして踏み込めっつわれても、無理だよ。知らねえ車のアクセルを踏ませるな」
サキ「マコちゃんってどんな子だったんくらいでええんやで」
カナ「それがわかんねえんだって」
エレ「そうだね。マコちゃんは僕たちにとって知らない他者だ。本人のいない場でどれだけその人の情報を聞いていいのかは、倫理的に慎重な議論が必要だろう。一般論や慣習は、それが無条件で正しいことを意味しない」
サキ「ただの恋バナやで……いやでもただの恋バナで流すなって話か……まあわかったわ……」
カナ「あと普通に興味ねえ」
サキ「それは普通にひどい」
サキ「せや! ワイ、二人に議論してほしい議題があるんや」
カナ「なんだよ」
サキ「ちょっと待ってな……(立ち上がってホワイトボードに文字を書く)……これや!」
カナ「あ? 『サキュバスちゃんって、実質女子だから!』……」
サキ「せや!」
エレ「なんだい、この言葉は?」
カナ「それなりによくある定型句だな」
エレ「ふぅん……」
カナ「他人をカテゴリに入れないと会話できないタイプのアホが使う呪文」
サキ「ワイまだそこまで言ってない……」
カナ「所属によって個別性を潰して安心を手に入れようとするアホの攻撃魔法」
サキ「そこまで言ってない……」
エレ「なるほどね、大体掴めたよ」
サキ「アカンアカン、今のはだいぶ偏った説明や」
カナ「大体合ってるだろ」
サキ「わからん。わからんけど、わからんまま君の言葉は同意したくなってしまうから怖いんや」
カナ「じゃあお前がもっと強くなれ」
サキ「急に修羅道……」
エレ「言論空間にまで能力主義を持ち込むのは良くないね。しかし、なるほど、この言葉は『実質』が厄介者だね」
サキ「せや! 実質ってなんやねんっていう」
(ここで議論が続く)
カナ「チンコチンコチンコチンコ!!!!」
サキ「ち〜〜〜〜〜〜んぽ!!!!!」
エレ「チンポ」
サキ「なんや今の」
エレ「チンポ・グラウンディングだ」
サキ「チンポ・グラウンディング?」
エレ「宙に浮いた議論を地面に戻すための技術さ」
サキ「ほんまにそんな技術あるんか」
カナ「(スマホを見て)グラウンディング自体はあるみてえだな。ただチンポ・グラウンディングはねえ」
エレ「チンポ成分は僕のアレンジだ」
サキ「アレンジが濃すぎる」
サキ「ワイほんまはな、現場担当やなくて、新人研修担当になりたかったんや」
カナ「なんだそれ?」
サキ「サキュバス界には研修っ てもんがあるんや。そんでな、ワイはそんなかでも、実技研修の担当がやりたかったんや」
エレ「実技研修……」
カナ「へぇー、いいじゃん。なんでやれなかったん? 人間のとこ行くより適性ありそうじゃん」
サキ「ワイには乳が足りなかったんや」
カナ「ちち?」
サキ「せや。サキュバス界で研修担当になるにはな、最低でもHカップ以上の乳が必要なんや」
カナ「はあ?」
サキ「そ れだけやない。タートルネックのリブニット、それからジャケット、あるいは実技の記録係なら白衣が似合う必要があるんや。これ、ボタンをとめた時にちゃんとくびれが出る必要があるで。あとこれは必須やないけど、ロングヘアやとなおのことええ。実技担当はおっとり系の顔立ちやと通りやすい傾向にあるな」
カナ「やば」
サキ「恐れ慄いたやろ。魔界はルッキズムの煮凝りやからな」
カナ「つーか実技ってなんだよ」
サキ「実技は実技や。みんなが最初にやるのは、棒の生えた椅子の上で……」
エレ「待ってくれ、それ以上はやめてくれ」