ショコラと紅茶の魔法【19】
あれから僕たちは、びっくりするくらい普通の生活に戻った。
授業を受けて、お昼にはモカくんとエクレアくんと一緒にごはんを食べて、放課後にはお庭で絵を描いてすごす、みたいな感じ。昨日はついに、噴水の絵を完成させて、ベリルさんに見せたりもした。「ふーん、いいじゃん」だって!
一個、一日のやることに増えたものといえば、カウンセリングルームでカウンセラーの人と話す時間ができたこと。事件のケア……って話だけど、僕はいらないんじゃないかなって思ってる。実際、もうちょっとしたらカウンセリングには行かなくていいことになるみたい。やった!
それでも、僕は一つだけ、ずっと気になっていることがあった 。それは、アプリコットさんに「これだけのことを一人でやってすごい」って言ってしまったこと。僕は悪いことをほめてしまった。僕は悪いことをしているアプリコットさんを喜ばせてしまった。でも、ほめてしまったことであの事件がおさまったのも本当だった。すごいと思ってしまったのも、本当だった。
モカくん、エクレアくん、ビスコッティ先生、カウンセラーの人、フランボワーズさん、ジルコンさん、ベリルさん……いろんな人に意見を聞いた。でもみんな、言うことがバラバラだった。僕はよくわからなくなってしまって、結局、もう少し一人で考えてみることにした。
それで、事件から一週間くらい経った木曜日、パパから電話がかかってきた。
「ショコラ、良いお知らせだぞ。アプリコットさんが調合した薬の分析が済んで、治療できる方法がわかったんだ。ダイヤくんが、目を覚ますぞ!」
・ ・ ・
土曜日、僕はパパの車に乗って、病院に向かっていた。
ドキドキ、ドキドキ、もう、本当にずっとドキドキしてしまって、車に乗ってる間中、ずっと栞を握っていた。握りすぎて、パパに「そんなに握ったらシワシワになっちゃうぞ」と言われてしまった。
栞は、出かける前にモカくんが渡してくれたものだった。「もう僕が預かってる必要はないんじゃないかな」って。モカくんに「僕、大丈夫かな?」って聞いたら、「大丈夫だと思う」って言ってくれた。
病院に着くと、ダイヤくんのパパが出迎えてくれた。ダイヤくんのパパは僕たちを見ると、「ショコラくん、来てくれて嬉しいよ」と言ってくれた。それから、「こっちだよ。ダイヤも楽しみに待ってるからね」と案内してくれた。
階段を上って、長い長い廊下を歩いて、歩いて、ついにダイヤくんがいる部屋の前まで来て……、
ふーっと深呼吸してから「いけます!」と言うと、ダイヤくんのパパは「元気だね」と笑ってガチャリとドアを開けた。すると、
「……!!」
ダイヤくんが、いた。目を、覚ましていた。窓のやさしい光が当たって、銀色の髪が宝石みたいにキラキラしている。きれいな横顔が、振り向いて、こっちを見て、それから、銀色の目が大きく開いて、パッと顔が明るくなって……!
「ショコラくん!」
「ダイヤくん!」
思わずかけよってハグしてしまいそうになって、でも病気が治ったばかりの人にいきなりハグしたらまずいかなと思って、すんでのところで止まって、どこにも行けなくなってしまった両手を少しだけわたわたさせてから、背中のうしろで組んで、僕はコホンとひとつ咳払いした。ダイヤくんは「なにそれ!」と笑っていた。それから言った。
「ねぇ、ショコラくん。メッセージカード読んだよ。おみまいに来てくれたんだね、うれしいよ」
ダイヤくんはうっすらほっぺを赤くして、にこにことしている。ダイヤくん、肌が白いから赤くなったらすぐにわかっちゃう、かわいい……。
「それとショコラくん、僕とおんなじ学校に来てたんだね。僕、知らなかったよ」
「あっ、そうだったんだ……」
「あとさ、ショコラくんが事件を解決したんだってね?」
「僕がっていうか、ほとんどエクレアくんとフランボワーズさんだけど……」
「でも最後に止めたのはショコラくんなんでしょ? すごいよ!」
そう言うとダイヤくんはマンメンの笑 みでにこーっと笑った。ダイヤくん、まぶしいよ……。
「でも、あの、ダイヤくん。僕、学校の廊下でダイヤくんのこと見かけて、昔と変わって大人っぽくなっちゃってたから、僕、もう、ダイヤくんと一緒になれないのかなって……」
「なんで? 僕ショコラくんのこと好きだよ?」
「でも廊下歩いてた時、すっごい冷たい顔してたし、みんなのことなんて少しも興味ありませんみたいな感じもしてたし、それから、学校の人には、誰にも手が届かないきれいな王子様みたいに言われてて……」
「王子様はみんなが勝手に言ってるだけだよ! それより僕、そんなに怖い顔してた?」
「うん、してた!」
「えー? そうなんだ? 普通にしてるつもりだったんだけど……ずっとショコラくんがいなかったからかな?」
「えぇ……」
そんな……そんなこと言われたら照れちゃうよ……。
「それよりさ、ショコラくん、これからはまた二人で一緒に学校行けるんだよ。学年が違うから授業は一緒になれないけど、でも、一緒にいられるんだよ!」
「うん!」
「ふふ、僕、本当にうれしいな。ショコラくん、本当にありがとうね」
「うん……!」
ダイヤくん、昔みたいに、昔とおんなじように、ほんとうに可愛い顔で笑ってる。僕は本当に本当に胸がいっぱいになってしまって、涙が出そうになってしまった。でも我慢して、目をパチパチさせて、なんとかこぼれないようにした。
それから時計を見て、面会時間が終わりそうになっているのに気づいて、僕はずっと気になっていたことを、思い切って聞いてみた。
「あの、僕、アプリコットさんに、今回のお花の誘発剤? の性質? を、聞いちゃって……」
「うん」
「僕を見てダイヤくんが倒れちゃったっていうのは、その、つまり……」
「……」
「えっと、それで、その、僕も! ダイヤくんのことが! その、す、好きで……」
「ショコラくん」
「ひゃいっ!」
変な声が出てしまった。けれどダイヤくんは気にしてない様子で、そっと、僕に少しだけ顔を近づけて、
「その話は、今度、パパのいないところでしよ!」
と、楽しい内緒話をするみたいに言った。
僕は「うん!」と返事をしたけれど、その声は人生で一番、変な調子 で、ひっくり返ってしまっていた。
おしまい。