超!異世界転生 ②
アドマイア、十四歳。
「ああーッ! また負けた! どうしてお前はそんなにも強いのだ、アドマイア!」
「私も成長しているからな」
アドマイアは静かに剣を収めた。
「しかしお前も成長している。今日のお前は昨日のお前よりも確実に強かった」
「俺も、横から見ていてそう思ったよ」
「ううむ……」
アテラは納得いかなげに、眉間に皺を寄せながら剣をしまった。その時だった。
「アドマイアさま! アドマイアさま!」
小さな少女が駆け寄ってきた。胸には白い花の冠を抱えている。
「アドマイアさま! お花で冠を作ったんです! アドマイアさまにあげます!」
「おお、なんと美しい冠だ! ありがたくいただこう!」
アドマイアは優しく冠を受け取ると、それをそっと頭に乗せた。
「どうだ、似合っているか?」
「はい! 似合ってます、アドマイアさま!」
「シーナはまた作ったのか、一体これで何個めなんだ……」
「十はとっくに超えているな」
アテラとシノが笑いながら見守る中、花冠を手渡した少女、シーナは無邪気な笑みを浮かべた。シーナと呼ばれたこの少女は、アドマイアが九歳になる前に生まれた、シノの妹であった。シーナは健やかに成長し、今では三人の木の家に出入りする仲間の一人になっていた。
「わたしはアドマイアさまが好きなのです! だからアドマイアさまに冠を作ってあげるのです!」
「はっはっは! お前はかわいいな、シーナ!」
「俺よりもアドマイアの方に懐いてるなぁ……」
シノが肩をすくめて笑うと、四人の笑い声が響いた。
やがてシーナが昼寝に入ると、三人はいつもの木の家で語らった。
「最近の様子はどうだい、”アテラ師範”?」
「その呼び方はやめてくれ、シノ ……」
アテラは照れくさそうに笑いながら、だが誇らしげに続けた。
「まあ、楽しいぞ。少し教えただけで、皆どんどん上達していく。あれは、嬉しいものだ。本当にな」
驚くべきことに、今のアテラには十三人の弟子がいた。剣の弟子である。
始まりは一人の若い女であった。アテラとアドマイアの戦いを側から見ていた彼女は、勇ましいその姿に徐々に憧れを募らせ、ついにアテラに剣術を教えて欲しいと申し出た。アテラは快諾し剣術を教え始めた。すると彼女の腕はめきめきと上達し、彼女は剣術にのめり込んでいった。
次は女の母親だった。娘が楽しげに剣術に打ち込む様子を見て、自分もやりたいと思うようになっていったのだった。初めは「ちょっとした趣味だからほどほど に」と控えめな態度をとっていたが、いつしか娘以上に熱中するようになっていた。
これを皮切りに、教えて欲しいと申し出る者が次々と現れた。その中には男も女もいた。年齢も様々だった。皆、昔からアドマイアとアテラに密かな憧れを抱いていたのだった。戦う術を持たず、守られることしかできない己の身に、危うさを感じてもいたことも理由だった。そうしてアテラは多くの弟子を抱え、毎日剣術の教室を開くこととなった。アドマイアも時折指導を手伝ったが、教える才はアテラの方が上であった。
「そういうお前はどうなのだ、シノ? テノとは順調か?」
「ああ、昨日も会ってきたよ。……昨日は作った詩を聞かせてくれたんだ」
テノとは、シノの長年の片思いの相手であり、今の恋人だった。
テノは農夫の息子で、毎日真面目に農耕に勤しんでいたが、その一方で詩作を好み、農作業の合間に森の中を歩き風や小鳥の声を聞いては、それを美しい言葉に変え書き留めていた。
畑で真面目に働く姿を見るたびに、そして、時折、どこからか伝わってくるテノの詩を耳にするたびに、シノは惹かれていった。
ある時、シノは初めて自らの彫刻をテノに見せた。するとテノは、村の誰よりも美しく詩的な言葉で、シノの作品を称賛した。それから、シノは毎日のようにテノに話しかけた。芸術を深く愛する二人の波長はこの上なく合い、いつしか恋人となった。それ以降、テノの詩には愛をテーマとしたものが増えていった。
「今度、アイリスの花をモチーフにした作品を贈ろうと思うんだ。どうかな?」
「素晴らしい! きっと喜ぶぞ!」
「ああ、絶対にやるべきだ」
「そうかな……」
シノは照れたように顔を赤らめ、それでも柔らかな微笑みを浮かべた。そしてその気恥ずかしさをごまかすように話題を変えた。
「アドマイアはどう? 最近は何かあった?」
「ああ、私はサリエのもとへ行ったよ」
「またあの偏屈な魔術師のもとに?」
そう! この頃のアドマイアは、頻繁にサリエのもとを 訪ねるようになっていた。
「昨日も魔術を教えてくれと言ったら、ついに折れて、教えてくれたのだ!」
「ついに!」
「だが、さっぱりだった。どうやら私は、魔術の才がまるでないらしい」
「それ本当に教えたのか? いじわるされたんじゃ……」
「いいや、あの顔は真剣だった。お前達にも、あの時のサリエの気まずげな表情を見てもらいたいものだ」
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ここで少し、魔術師サリエとアドマイアの日常を記述しておこう!
「サリエ!」
「……また来たのか、アドマイア」
サリエが玄関の扉を開けると、陽の光を背に、にこにこと笑うアドマイアが立っていた。サリエはやや面倒くさそうな顔をしつつ言う。
「今日はなんの用だ」
「いつも通り、世間話をしに来た!」
「……本当にいつも通りだな」
サリエはアドマイアを家に入れると、聞いたこともない品種のハーブの茶を淹れて、アドマイアに差し出した。
「サリエ、今日もまた魔術を教えてくれないか」
「断る。この前のを忘れたのか? まったく、どんな下手な奴でもできるよう手順書まで用意してやったというのに、お前は初歩の初 歩すらこなすことができなかっただろう……」
「人には得手不得手がある! 根気強くやっていけば私にだってできるはずだ!」
「向いてないと自覚しているなら潔く諦めるんだな。不得意を伸ばすことほど無意味なことはない」
「向いていないことをしているのはお前もだろう、サリエ。自分で言っていたではないか、『私に魔術は向いていない』と」
「私にはこの道しかなかったのだ。私が私として生きるにはこうするしかなかった。だがお前には道があるだろう。皆に讃えられ、未来を約束された立場が」
「うむ……」
「嫌では ないのだろう? 村人達のために戦うのは。ならばおとなしくその道を進んでおけば良い」
「それはそうだが……私はただ、新しいことに挑戦してみたくなったんだ」
「なら別のことに挑戦しろ。私を巻き込むな。私は人にものを教えるのが嫌いだ。そもそも人間が嫌いだ」
「私のことも?」
「もちろんだ」
「はは、それはひどい」
アドマイアは村人と親密ではあるが、多くの者には崇められ、そこにはどこか遠慮があった。それゆえアドマイアは、サリエのこのあけすけで不遜な態度を気に入っていた。そのことを本人に伝えると 、サリエは「倒錯している」と一蹴した。
「そうだサリエ、湖に行かないか?」
「ん? この私の”城”が気に食わないというか?」
「そうだな……ここは少し薬草の匂いだろうか……がきつくてな」
「正直な奴だ」
外へ出ると、日は傾き、赤くなった空を湖面が鏡のように映していた。
「お前がここへ来た日は、ひどい嵐だった」
「その話は前にも聞いたよ、サリエ。赤子の体に私が憑依した瞬間、ピタリと嵐が止んだのだろう?」
「そうだ。その少し前までは、屋根が吹き飛んでしまうかと思うほどだったのにな」
「不思議な話だな」
「そうだな」
優しい風が吹く。
「そうだ、お前の名前について、少し話をしてやろう」
「名前?」
「”アドマイア”は遠い国の言葉だ。村人達があれこれ相談して決めたようだがな、お前の名前には、『賞賛される者』という意味を込めたらしい。村人の一人がたまたまその言葉を知っていて提案したところ、皆気に入って、すぐに決まったようだ」
「賞賛される者か。光栄な話だな」
「それで、私も調べてみたのだ。本当にそんな言葉があるのか気になったからな。調べたところ、確かにその言葉はあった。しかし、その言葉の本当の意味は『賞賛する』であり、『賞賛される』ではなかった。つまりお前は、『賞賛される者』ではなく『賞賛する者』ということだ。外国の言葉を借りるのならば、もっと慎重になるべきだったというわけだな」
「そうだったのか。それならそうと、皆に言ってくれればよかったものを」
「興味がない。それに、私が気づいた頃にはすでに皆お前の誕生に浮かされていた。誰の耳にも、私の声は届きはしなかっただろうな」
また別のある日。
「そういえばサリエ、ひとつ気になっていたことがあるのだが……皆にお前の話をする時、“彼女”と呼ぶべきか、それとも“彼”とするべきか、いつも迷うのだ。村の皆も、どう呼ぶべきかと困っているようでな……お前の意に沿うのは、どちらだろうか?」
「どちらも使うな」
即答だった。
「女と思われるのも男と思われるのも、どちらも不快だ。そんなもの使わなくとも会話くらいできるだろう? お前の世界にいなかったか、こういう人間は?」
「うむ……少なくとも私の周りには……」
「それはまた退屈な世界だな。ここの村人どもと同じだ。まあ、これから慣れていくことだな」
サリエの言葉に、アドマイアはため息混じりに笑った。
「女も男も嫌だなんて、そう言われるとは思いもよらなかった。正直、まったく感覚がわからない。慣れるだろうか……」
「既存の表現にばかり頼れば、多くのものを取りこぼす。別の世界から来たお前なら、常識を疑うことにも慣れているだろう。くだらない言語の克服くらい簡単にできるんじゃあないか、アドマイア?」
「それが、存外近いのだ……この世界と元いた世界は」
サリエは片眉を上げた。アドマイアは苦笑混じりに言う。
「まあ、努力はしよう。ただ、それなりの難題を課していることは自覚してくれ」
「別に、言葉一つでいちいち目くじらを立てるほど私は暇ではない。ただ、今言ったことを踏み躙るようなら、そいつは”その程度の人間”だと思うだけだ」
そう言って、サリエは茶を啜った。
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「すっ、すぐに渡しますから、あ、暴れるのだけは……」
「暴れるなってテメー俺のことをなんだと思ってんだッコラーッ!」
「ヒィっ!」
巨大な斧を持った、袖のない数人の竜人が、村の女を取り囲んでいた。村人達は、その様子を不安げにやや遠くか ら眺めることしかできなかった。
「また竜人だ」
陰で見ていたシノが言う。隣のアドマイアとアテラも頷く。竜人はまたもや、数ヶ月に一度の取り立てに来ていた。
やがて村の男が、台車いっぱいに作物を積んで運んできた。
「こ、こちら、今回の収穫です……」
「こんなんで足りるわけねえだろッコラーッ!」
竜人の一人が男の顔を殴りつける。男は血を吹き、地面に崩れ落ちた。アドマイアは拳を固く握り、睨みつけるようにその光景を見つめていた。
「もっとだ! もっと出せ! ケチくせえお前らだ! どうせまだ溜め込んでんだろ!」
「しかし、これ以上出しましたら、わたくしどもの食糧が……」
「出せっつってんだから出せやッコラーッ!」
竜人は斧を振り下ろした。
「ヒィっ!」
辺りに不快な音が響き、地面に深い傷が刻まれる。
「おいお前らァ!」
竜人が村の女の首を掴み、持ち上げる。
「これ以上出せねえっていうなら、この女を連れて行く! ちょうど奴隷が足りてなくて困ってたんだよなァ!」
一人がそう言うと、他の竜人達が下品に笑い出した。アドマイアの握られた拳から、怒りのあまり血が流れ出す。
その時、別の村の男が最後の納屋から台車を押して現れた。
「わ、我々の最後の備蓄です……もう本当に、本当にこれしかないのです……これ全部お渡ししますから、どうかその娘だけは連れて行かないでください……」
「ケッ、これだけかよ。しけてんなァ」
竜人は積まれた作物をひと目見てから、乱暴に女を突き飛ばし、振り返ると仲間達とともに去っていった。残された村人達はすぐに女のもとに駆け寄り、震える彼女に怪我はないかとしきりに確かめた。
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「カリエル! 獲物だ!」
狩人の一人が、一匹の猪を指差して言った。それを聞いて、狩人のリーダーであるカリエルは弓を構えた。しかし、すぐに弓を降ろした。
「だめだ。あれはまだ若すぎる」
「でも、あんなちっさくても、捕まえないと皆の飯が……!」
「あんな子供までバカスカ殺したら、森が死んじまう」
「でも他にいないんだから、しょうがねえでしょう!」
「うむぅ……」
カリエルは渋々弓を引き、猪の子供に命中させた。カリエルは倒れた獲物のもとへ行くと、跪いて手を合わせた。他の狩人達と、彼らに同行したアドマイアも彼の後についていき、その様子を見守る。狩人の一人が言った。
「すいませんねえ、アドマイア様。せ っかくついてきてもらったのに、獲物がいないんじゃあどうしようも……」
「気にするな。仕方あるまい」
何時間も森を歩き回ったが、成果はほとんどなかった。カリエルが空を仰ぎ、ぽつりと呟く。
「急に捕りすぎてしまったんですよ。私らの獲る早さが、彼らの生まれる早さを追い越してしまったんだ」
「こんな状況ならしょうがねえですよ! なんせ、作物がねえんだ。今の村の食いモンは狩りに頼るしかねえ」
アドマイアは「川釣りの方に期待しよう」と慰めたが、狩人の一人は「そっちも期待できねえですよ」と諦めたように言った。
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「サリエ」
「また来たのか、アドマイア」
サリエが玄関の扉を開けると、沈んだ様子のアドマイアが立っていた。サリエはその異変に気付きつつも、素知らぬ顔で言った。
「今日はなんの用だ」
「いつも通り、世間話をしに来た」
「いつも通りだな」
サリエはアドマイアを家に入れると、聞いたこともない品種のハーブの茶を淹れてアドマイアに出した。
「サリエ、村の備蓄が竜人に奪われた。食料が足りない。村人は皆飢えている」
「知らんな」
「サリエ……」
サリエは自分の茶を啜った。
「奪い返しに行けばいいだろう。お前にはその力があるのだから」
「皆、子供に戦わせるわけにはいかないと言う」
「十五になったら戦わせに行くという、あの話だろう。くだらない。そんな数字に何の意味があるのだ」
「くだらなくなどないさ。私も彼らの立場ならば、子供に戦いを強いはしない。村人皆が納得するために十五という基準を設けるのは、妥当なやり方だ」
「ふん。そうモタモタしていたら、いつか手遅れになるぞ」
「そうだとしても、私は皆の考えを尊重したい。それに、十五の誕生日はもう間近だ」
「まだ数ヶ月は先だろうが……」
「……うむ」
アドマイアは、ますます曇った表情で茶を口に運ぶ。それを見て、サリエは眉をひそめた。
「お前が辛気臭いと、どうも気持ちが悪いな」
「そうは言ってもだな……」
「ふん、それなら気晴らしになるような話をしてやる」
「何?」
「お前の肉体がどこからやってきたのか、話をしてやろう。結論から言うと、お前の肉体は川からボートに乗って流れてきた。どこの馬の骨とも知らぬ赤子 が川から流れてきて、村人達はそれを拾い、おおこれはちょうどいいと、お前の魂を憑依させることにしたのだ」
「急に話を始めるな……まあいい。そうか、私の元の肉体の持ち主は、冒険の末にここに辿り着いたのだな」
「冒険と言うと聞こえはいいな。まあいい。もっと詳しい話を聞かせてやろう」
「わかるのか?」
「ああ。私の魔術は過去を見通せる」
「便利だな。続けてくれ」
「お前の肉体を産んだのは、竜人族のもとで奴隷として暮らしていた女だ。始めは村で暮らしていたが、竜人達に拉致されたのだ。まあ奴隷と言って も、主に竜人達の性の捌け口として使われていたらしいがな」
「ひどいな」
「そんなある時、彼女が妊娠していることが発覚した。それでだ、散々彼女に性的な暴行をしていた竜人達は、その子供が自分達の血を引いた子供であると考えた。ゆえに竜人達はその子供を保護することに決めたのだが、産まれてから、なんとびっくり、その子供は人間同士の子供であることがわかったのだ。そう、その子供は、女が拉致される前にできた、彼女の恋人との子供だったのだ。それを知った竜人達は激怒し……」
「なぜそこで激怒するのだ」
「知らん。とにかく、竜人達はその子供を殺そうとした。しかし女は愛する人間との子供をどうしても殺したくはなく、自分の命をかけて逃げ出すことにした。女は竜人達の城を抜け出すことに成功した。しかし森の中を走り、川辺に辿り着いたところで、追手に追いつかれた。その時、追い詰められた彼女の背後には、川とボートがあった」
「おお……」
「そこで彼女は、赤子をボートに乗せて、自分は竜人に立ち向かうことにしたのだ。落ちていた木の棒を拾い、そんなにも殺したいのならまずは私を殺せ、と。そこで女は命を落とすのだが、思いの外、川が急流だったおかげで赤子は逃げ切り、村の住民に拾われたというわけだ。赤子が助かるかどうかは完全に賭けだったようだがな」
「そうか、そんなことが……母親は無念だったろうな……」
アドマイアの表情に悲しみがにじむ。
「父親は? 生きているのか?」
「いいや、もう死んでいる。女が連れ 去られたことを悲しみ、一人で竜人の城に乗り込んだが、呆気なく返り討ちにされたそうだ」
「そうだったのか……」
「どうだ、この話の感想は?」
「何が気晴らしになる話だ。とんだ悲劇じゃないか。余計に憂鬱になったぞ」
「そうか? お前の奇跡的な生還を讃えようと思ったのだがな」
「まあ、そういう受け取り方もできなくはないが……」
そこでふと、アドマイアの胸に一つの疑問が芽生えた。
「そういえば、元の肉体の持ち主の魂はどうなったのだ?」
「魂だと? 急になんだ」
「今の話を聞いて思ったのだ。私の魂が別の世界から呼び出され、その赤子に憑依した。ということは、私が憑依するまでは、その赤子には全く別の生があったということだろう? であれば、その赤子の魂はどうなったのだ?」
「追い出した」
「何?」
「基本的に一つの器には一つの魂しか入らない。私もそのことは説明したが、それでも村人達はお前を選んだものでな」
「では、その赤子の魂は今どうなってい る?」
「現世のその辺を彷徨っている。どうも、お前の肉体に無意識ながら執着があるらしい」
「では、その赤子に肉体を返すことはできるのか?」
「できないな。未成熟な赤子の魂に対して、お前の肉体は成長しすぎた」
「では、その赤子の魂を救うことはできないのか?」
「現世から解放することくらいはできるな。ただし、お前がその肉体を捨てる必要はあるが」
「肉体を捨てるとは、死ぬということか」
「そうだ」
「それで赤子が解放されるというのは、どういう理屈だ」
「知らん。ただの経験則だ」
「そういうものか」
「そういうものだ」
サリエは静かに茶を啜った。アドマイアも、それに倣うように口をつけた。
「まあ……」
「なんだ」
「お前が赤子に肉体を返したいというのなら、私が手伝ってやる。苦痛なくあの世へ送り出してやろう」
「そんなことができるのか」
「まあな」
「しかし……そうか……うむ……」
「赤子の魂など放っておいて、寿命まで生きる道もある。まあ、決断は先延ばしにしておけ。その方がいい」
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「アドマイア! 今までどこに行っていたんだ」
夕方、アテラとシノが、森の方から帰ってくるなり言った。二人の腕には、食用の木の実や草を詰めた籠が抱えられていた。
「サリエの元へ行っていた」
「サリエか……」
「すまないな、手伝わなくて。明日からは私も一緒に行こう」
「構わない。アドマイア、お前には竜人族を倒すという大事な使命があるからな 」
「そうだよ、だから食料集めは俺たちに任せて」
「しかし……」
「いいんだって」
アドマイアは、このところの二人の状況を知っていた。これまで必要のなかった森での食料集めに追われ、アテラはろくに剣も触れず、シノは作品を作ることもできないということを。アドマイアは、アテラにとっての剣、そしてシノにとっての作品が、いかに大切であるかを知っていた。だからこそ、胸が痛んだ。
「テノも言ってる、作物はあるにはあるけど、今の状況じゃ到底足りないって」
「しかし、ナファまで川釣りに行くようになるなん てな。寝てばかりだった頃からは考えられない」
村人達は、互いを支えるために、これまで通り笑顔で接し合っている。しかし、その裏にある不安を無きものにすることはできず、互いにそれを感じ取りながら過ごしていた。
村人達の胸には、竜人たちへの恐れと憎しみが渦巻いていた。しかし、それでも、それらの感情に心を支配されることはなかった。それはアドマイアという希望の存在、ただ一つが理由だった。
そのとき、小さな足音が近づいてきた。シーナだった。
「アドマイアさま、これ、ブレスレットです。どうか竜人を倒してください」
そう言って、花で編んだ細く小さなブレスレットを、アドマイアの手首にそっと通した。アドマイアは微笑み、静かに応えた。
「ありがとう、シーナ。絶対に倒すよ」
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ここで一つ、竜人族の暮らしについて記述しておかねばなるまい!
「よぉダグ、お前、女を奴隷にする方法教えてやろうか?」
「何言ってんだ。女なんて、何もしなくたって奴隷みたいなものだろ? あいつらは生まれながらに劣った生き物なんだ」
「お前は女と関わったことがないからそう思うんだ、ダグ。あいつらはな、表面上は服従したフリをして、心の奥底ではまだ反抗の気持ちを持ってるものなんだよ。だからな、あいつらを真の奴隷にするには、徹底的にその心を壊さなくちゃならんわけだ」
「まったく、どいつもこいつも、俺が女と寝たことないからって見下しやがって……」
ダグはそれなりに大きな独り言とともに廊下を歩く。廊下では一組の男女が性行為をしていた。ダグはちらりとそちらを見る。
「うわ、よく見たら女の方は人間じゃないか。しかもかなりの不細工だ。あんなの、女とすら呼べないだろ。俺だったら吐いちまうかも」
ダグは竜人の官僚機構における新人だった。
「それにしても、無理やり挿れたのか知らないが、股が血で真っ赤だったじゃないか。俺だったら潤滑油を使うのに。ああ、なんで俺みたいな気遣いのできる優しい男に女が当てがわれないで、あんなカスみたいな奴ばっかりが女を手に入れるんだろうな。この世は不条理だ」
ダグは休憩室に入った。
「よぉダグ、今日は機嫌が悪そうだな 」
「ああ、ちょっとだけな」
部屋の中央には、両手をロープで縛られ天井から吊るされた、人間の男がいた。ダグは狙いを定めると、男の腹を思い切り蹴り上げた。
男は痙攣し、ほどなくして動かなくなった。
「おいダグ! 死んじまったじゃねえか!」
「知らねえよ! 俺はやり方通りにやっただけだ!」
「だっはっは! 運がなかったなぁ、ダグ! ま、決まりは決まりだ、お前が次の人間を調達してこい」
次にダグは処刑場へ行った。広場の中央では、一人の罪人の処刑が行われる直前だった。観客に紛れて立つダグに声がかかる。
「よぉダグ。どうした、沈んだ顔して?」
「休憩室の人間が、俺の番で死にやがったんだ」
「まあ、あれはだいぶ衰弱してたからな」
「おかげで俺が代わりをとってこなきゃならねえ」
「災難だったな。ま あ、見てけよ。ちょっとは気が晴れるかもしれねえ」
「そうだな」
ダグは罪人の方に目をやった。罪人は竜人の男だった。罪人の手足はそれぞれ別の馬にロープで縛り付けられており、処刑人が合図すると、馬は各々の方向に走り出した。ロープに引っ張られ、肉と骨が裂ける音とともに、歓声が上がった。しかしすぐにまた静かになり、観客は次々に処刑場から去っていった。
「で、あの罪人は何やらかしたんだ?」
「あいつは何もしていない。家族がやらかしたんだ。あいつの家族が、竜人と人間は仲良くすべきって言って回ったんだよ」
「ああ、そりゃダメだな」
ダグは笑った。
「ああ。言って回った本人は国外のどっかに逃げたから、代わりにあの男が処刑されたってわけだ」
「ふうん、世の中にはとんでもない馬鹿がいるもんだな」
「そうだな、俺たちには到底理解できない馬鹿だ」
「この前もいたよな。女が男並みに偉くなる小説書いて処刑された奴。まったく、なんでそんなことするんだろうな」
「馬鹿だからだろうな。そんなことをすればどうなるか、先のことが想像できん馬鹿だからそんなことをするんだ。だからこそ、俺たちのような優れた男が上に立たなきゃならん」
「ああ、俺たち優れた男がな」
ダグの脳裏に、王・ゲロイアの戴冠式での言葉がよみがえる。
「男は上、優れた男はさらにその上、女は下、人間はさらにその下」
「ゲロイア様は偉大だよな。あの言葉にどれだけ励まされたか」
「俺たちもああなるために、精進しなきゃな」
「ああ……」
気分がいくらか晴れたダグは、処刑場を後にした。
次にダグが向かったのは、奴隷人間居住区だった。休憩室で殺した人間の代替を探すためだ。
不衛生な場所なので、できればこの区域には来たくなかった。ダグは自分の不幸を嘆きながら奴隷人間を物色する。この居住区内には男の人間しかいなかった。女は性的奉仕に駆り出されるので、肉体労働者を収容しておくこの場所に男しかいないのは当然だった。仮に男と女の扱いが同じだったとしても、勝手に繁殖されては困るので、それらは別々の場所に入れておかれるだろうとダグは考えた。
ダグは比較的屈強な男を一人選ぶと、ナイフで喉元を脅しながら連行する。その様子を見た奴隷管理人の竜人が止めに入るも、ダグが役人であることを示すと、彼は即座に引き下がった。管理人の男は”真に優れた男”ではないので当然だった。
休憩室に行って新しい人間の奴隷男を縛り付けると、ダグは一日の締めくくりとして闘技場へ行った。王・ゲロイアが肉体を鍛錬する時間であり、その様子は国民全員が見ることができた。
その日も多くの竜人が集まっていた。何人もの護衛に囲まれたゲロイアは、上半身裸になると、自分の身体よりも大きな鉄球を振り回し始めた。ゲロイアの筋肉が隆起する。その姿に歓声が湧く。ダグは魅入った。
ゲロイアの顔と肉体は、男であるダグから見ても、完璧としか言いようがなかった。ゲロイアはダグにとって真に優れた男の象徴であり、ダグはゲロイアを見ることで、自分もまた優れた男になれたかのような、ある種陶酔した感覚に浸ることができた。
うっとりと眺めていたその時、バチリと、ダグとゲロイアの目が合った。一瞬のことであったが、あまりの眼光 に、ダグの腰はすっかりと抜けてしまった。立ち上がれなくなったダグは、そのまま人の波によって外に押し出されてしまった。
ダグはしばらくの間ぼんやりとしていたが、そのうちに明瞭な意識を取り戻し、思った。そうだ、女を作ろう。ゲロイア様のような、真に優れた男になるために、と。