top of page

超!異世界転生 ③

 ある午後。



 アテラやシノと森で木の実の採集をしていた時、アドマイアはふと背中に纏わりつくような視線を感じた。それは九歳の頃から幾度となく感じてきた、敵意はないが、じっとりと品定めしているような、そんな視線だった。

「私を見ているのは誰だ! 危害を加えるつもりはない、出てきてくれないか!」

 アドマイアは森の奥に向かって叫んだ。反応はない。しかし視線が止む気配も無かった。

 隣でアテラが言う。

「アドマイア、危害を加えるつもりはないなどと言うから出てこないのだ」

「しかし……」

「そこで見ている者よ! このアドマイアがひとたび剣を振れば、この森一帯は一瞬で薙ぎ払われ、お前たちも一緒に死ぬ! 無様に死にたくなければおとなしく出てこい!」

「アテラ……こんなので出てくるわけ……」

 それから間もなくして、木の陰から、三人の人間が両手を上げながらやや警戒した様子で現れた。

「本当に出てきた……」

 シノが驚いた顔で言う。

「ほう、私を見ていたのは精霊ではなく人間であったか」

「まだ死ぬわけにはいきませんので……」

 三人のうちの一人が言う。彼らのうち一人は女で、二人は男だった。三人とも若く、村では見たことのない顔の人間だった。三人の人間は目を見合わせると、意を決したように頷き、言った。

「今までずっとあなたを見ていたのは、私達です。不躾な真似をしていたこと、お詫びいたします」

 三人の人間は頭を下げた。アドマイアは彼らを静かに見つめたのち言った。

「構わない。頭を上げてくれ。それよりも、お前たちは何者だ? なぜ私を見ていた?」

「これから私達が何を言っても、危害を加えないと約束していただけますか」

「もちろんだ」

「それと、話をする場を、魔術師サリエのもとに移させてください。私達の話を疑って欲しくないのです。あの人間ならば、私たちが嘘をついていないことを証明できるでしょう」

「わかった。ならばサリエの元へ行こう」

「アドマイア、いいのか? この者達は明らかに怪しいぞ」

「判断するのは話を聞いてからでも遅くはあるまい」


 アドマイアとアテラ、シノ、そして三人の見知らぬ若者達は、採集を中断してサリエの元へ行った。扉を開けて現れたサリエは、アドマイア達の様子を見るなり露骨に嫌そうな顔をした。アドマイアに事情を聞かされたサリエの表情はさらに険しくなった。

「お前達の潔白を証明するためだけに、私に立ち会えと?」

 三人のうちの一人の女が一歩前に出て言った。

「サリエ、あなたが立ち会ってくれるまで私達はここを動きません」

 サリエは大きく溜息をつくと、「待っていろ」とだけ言い残し、部屋の奥へ消えた。そしてローブを羽織り戻ってきた。

「ならば外で話そう。どこの馬の骨とも知らない奴を家に入れたくない」




 湖畔に腰を下ろすと、若者の女が静かに口を開いた。

「私たちは人間ではなく、竜人です」

「何!」

 アテラが反射的に携帯ナイフを抜く。しかしアドマイアがそれを制した。

「危害を加えないという約束だっただろう」

「ああ……そうだったな、すまない」

 アテラはナイフをしまう。三人の人間、否、竜人は袖を捲って見せた。その肌は鱗で覆われていた。

「本当だ……鱗がついている」

「袖のある服を着ているから人間だと思った」

「竜人皆が袖のない服を着ているわけではありませんから……」

 そう言うと女は、アドマイアを真っすぐに見つめ、はっきりと言った。

「アドマイア様、貴方にお願いがあります。貴方に我々の王、ゲロイアを殺して欲しいのです」

 アドマイアとアテラ、シノは目を見開いた。

「……なんだと」

「貴方がどのようなお方かは知っています。ずっと見ていましたから。貴方は我々竜人の王を倒すためにこの世に召喚された。我々は貴方のその使命を、ぜひとも果たして欲しいと、強く願っているのです」

 アドマイアは困惑した。

「お前達は竜人なのだろう。竜人でありながら、自らの王の死を望むのか」

「はい。我々は今の王に、心底うんざりしているのです。長くなりますが、聞いてください」

 竜人の女は一つ呼吸をおいて、語り始めた。

「信じ難いかもしれませんが、かつて、竜人と人間は友好的な関係を築いていたのです」

「なんだと? 知らないぞ、そんなの……」

 アテラは驚いた。女は「そうでしょうね」とだけ言い、続けた。

「遥か昔、竜人と人間の仲は悪いものでした。しかし幾度もの戦争を経て、ある時、戦争を終わらせようという機運が芽生えました。憎しみと悲しみばかりを生み出す不毛な行いなどやめるべきだと、両陣営から声が上がり始めたのです。そうして竜人と人間はいくつもの条文を交わし、二度と戦争をしないことを誓いました」

「ふむ……」

「同じ頃、竜人の国では新たな動きが生まれました。これまで劣位に置かれていた者、主に女性や同性愛者の権利向上を求める動きです。その頃、人間社会は比較的平等でしたが、竜人社会はそうではなかったのです。人間との交流を経て、竜人の多くは感化されていきました。初めは壁も多かったようですが、その動きは、徐々に、少しずつではありましたが、うまくいっていました。竜人は平等を実現しかけていたのです。しかし、それを壊したのが、今の王ゲロイアでした」

「なぜ」

「竜人の中には、平等の実現により、自分達の利益が奪われたと感じた者がいたのです。きっと、ゲロイアもそんな風に考える者の一人だったのでしょう。ゲロイアはそのような者達の潜在的な不満を煽り、正当化し、支持を集め、結束を強めました。女や同性愛者のように彼らの仲間とみなされない者は、憎悪の目を向けられ、再び社会の底へと追いやられたのです。”秩序を乱す邪悪な存在”として」

「それは気の毒なことだな」

 アテラが言う。

「だが、それが人間にどう関係する?」

「これらの話は地続きです。いいですか、ゲロイアの思想はこうです、”本質的に優れているのは、一部の竜人の男だけ。それ以外はすべて劣等である”と。この”それ以外”には人間も含まれる。ゲロイアは人間すらも、いや、人間こそを、最大の蔑視と憎悪の対象としたのです」

 女は続けた。

「ゲロイアは即位するや、人間との友好を約束する条文を軒並み破棄した。人間との関係を繋ぐための機関も破壊した。人間に友好的な態度を示す者に次々と制裁を与えた。人間との友好関係など、初めから無かったことのようにした。ゲロイアは偽りの歴史を用いながら、人間がいかに愚劣で邪悪であるかを民衆に説き、人間への憎悪を煽った。女や同性愛者への憎悪と並べて人間への憎悪を植えつけることで、一部の竜人の男こそが最も優れているという虚構を、あたかも真実であるかのように仕立て上げたのです」

「そんなのに流される奴がいるのか?」

「いるのですよそれが!」

 アテラの疑問に、竜人の男が横から口を挟んだ。女は冷静に続けた。

「この物語は、特定の層の熱狂的な支持を得て、瞬く間に広まりました。やがて、これを良いとも悪いとも思っていなかった層も取り込まれ、反発する者には社会的・肉体的な制裁が加えられ、恐怖が、人々の良心と勇気を押し潰していきました。そうして今の王国は出来上がったのです」

「ふぅん、嘘をついているようではないな」

 サリエは竜人たちに手をかざし冷静に言った。女は頷き、さらに続けた。

「我々の物心がついた頃には、既に今の暴政は始まっていました。反発した年長者はあらかた粛清され、ほとんどの者は暴政を暴政とも認識していない状況です。しかしそれでも、違和感を覚える者は現れるのです。自らの倫理に照らし合わせ、間違っていると判断する者は現れるものなのです」

「竜人にも色々いるのだな……」

 アテラが呟く。女は「はい、あなた方と同じく」と言い、続けた。

「我々は粘り強く調査し、考え抜き、先ほど話したような真実を民衆に広めようと試みました。しかし、当然ながら、この行いは王からすれば非常に都合が悪い。嘘と憎悪で統治する者にとって、真実を追及する者は邪魔で仕方がないのです」

 サリエは無言で手をかざし続ける。

「我々はしばらくの間は逃げ延びることができましたが、ついに本名や家族を暴かれ、国に居場所が無くなりました。そうして、態勢を立て直すためにこの辺りに潜伏していたところ、貴方の存在を知り、唯一にして最大の希望であると確信しました」

 三人の竜人は頭を下げた。

「どうか、どうか、我々の王を倒してください」

 そして、しばしの沈黙の後。

「よくぞ話してくれた」

 アドマイアが言った。

「お前達は真に勇敢な者達だ。お前達は、真の意味で国のために立ち上がった。お前達の思いはしかと受け取った。お前達に敬意を表する」

「アドマイア様……」

 アドマイアは竜人達の手を固く握った。

「後は私に任せてくれ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ある日の村、午後。


「女だ! 女を出せ! 若いのだ! 若い女を出せ!」

「ど、どうか、どうか、それだけは……!」

「上に連れてこいって言われてんだッコラーッ!」

「ひぃい!」

 五人の袖のない男、竜人達が、村の中心で恫喝していた。竜人たちは年老いた村の長を囲み、女を連れてくるまで解放しないと言い張っていた。

 その様子を影からアドマイア、アテラ、シノの三人は見ていた。

「最近は作物だけだったのに、今回は女まで要求するのか……」

「しかしなぜ女なのだ? 男は要求しないのか?」

「性的な奴隷にするのだろう。竜人は女が好きなのだと聞いたことがある」

「好きだからって、奴隷にするなんて考えられないよ……」

 三人は声を潜めつつも、険しい顔で事態を見守る。アドマイアは、これほどの事態であれば自分が介入すべきだと言った。しかし、アテラとシノはそれを止めた。アドマイアは竜人を討つための最後の切り札であり、竜人の城に攻め入るまでは存在を明かすべきではない、そして攻め入るための準備はできていないというのが理由だった。

「どうせ家の中に隠れているんだろう! 出す気がないのならこっちから引きずり出してやる!」

 竜人たちはばらばらに散り、民家へと乗り込んでいった。間もなく、数人の若い女が無理やり引きずり出されてくる。アドマイアはそれを見て、あまりの邪悪さに震えた。

「ケッ、不細工ばかりだ。この村も終わりだな」

 一人の竜人が、女の髪を鷲掴みにして無理やり顔を上げさせる。女が「痛い!」と叫んだ。竜人はうるさいと女の腹に蹴りを入れた。村にどよめきが走る。

 その時だった。

「死ねッ!」

 怒声と共に、女の髪を掴んでいた竜人の首が跳ね飛んだ。一瞬遅れて、皆がそちらを見る。そこには剣を持った女が立っていた。首を斬ったのは、中年の女、アテラの弟子であり、今まさに捕らえられた女の母親だった。

「その娘は私の子だ! その子に汚らわしい手で触るなど、この私が断じて許さぬ!」

 母親はまっすぐに殺意のこもった視線を向け、力強く言った。誰もが予想しなかった事態に、その場にいた全員が目を見開いた。陰でシノが唾を飲む。アテラも剣の柄に手をかけた。

「なんだぁ……?」

 残った別の竜人が斧に手をかけた。そして、

「テメー人間のくせに何様だッコラーッ!」

 母親の頭目掛けて斧を振り下ろした! その時だった。

 目にも止まらぬ速さでアドマイアが陰から飛び出し、母親の頭をかち割らんとしていた斧を横から弾き飛ばした。アドマイアの動きを追えた者は誰一人としていなかった。村人、竜人、全員が、その光景に目を見開いた。

「長老、皆、すまない。もう見ていられなかった」

 アドマイアは村人皆をぐるりと見てそう言うと、再び竜人たちに視線を向けた。

「村人に危害を加えるのなら、私を倒してからにしてもらおう」

 それを聞いた竜人達は、一斉に斧を構える。しかし、その中の一人、リーダー格の男が静かに手を上げ、他の竜人を制止した。

「やめろ。今の動きを見たか? これではこちらの部が悪い」

 それから村人全員に聞こえるように叫んだ。

「今の一連の行いは、竜人族に対する宣戦布告と見なす! であればこちらも、それに応じるのみ! よく覚えておくことだ!」

 そして冷たく言った。

「これからどうなるか、楽しみにしておくことだな」


 その後、村は重い緊張に包まれた。

「ああみんな、ごめんなさい、ごめんなさい、私があんなことをしたばっかりに」

 竜人の首を斬った女がしきりに謝る。

「別にいいって。むしろ反撃してくれてスカッとしたよ」

「大丈夫さ、何があっても、俺たちにはアドマイア様がいるから」

 村人は揃って女を励ました。それでも皆、竜人が村に攻め込んでくることを予感し、胸の中は恐怖でいっぱいだった。

 アドマイアは村人達を案じて言った。

「こうなったのには私にも責任がある。今から竜人の王を殺してこようか」

「だめですよ、アドマイア様はまだ十五歳の誕生日を迎えていないのですから」

「そんなことを言っている場合か」

「しかし、私どもが納得できないのです」

「むう……」




 その次の日。




 この日アドマイアは、狩猟班と狩に出掛けていた。しかし村に戻ると、村人達は騒然としていた。

 混乱の中、シノがアドマイアを見つけ、駆け寄ってくる。

「アドマイア! アテラを知らないか!」

「知らないが……アテラはお前たちと同行していたのではないか?」

「そうなんだけど、俺たちが目を離した隙にいなくなっていたんだ!」

「何だと?」

 それからその日は夜まで捜索が続いた。しかしアテラは一向に見つかる気配がなかった。

 アドマイアはサリエの元に行き、捜索を依頼した。しかし、返ってきたのは冷たい答えだった。

「対象がわからなければ過去を見通すことはできない。お前たちは、その女がどこで消えたのか知らないのだろう? ならば私にできることは何もない」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 次の日。ここで再び竜人の生活を記述しよう!




「ダグ、お前昨日から機嫌がいいな?」

「わかるか? そう、ついに俺にも女ができたんだ」

「ほう、それはよかったな。美人なのか?」

「まあ、それなりに」

 ダグは自らの部屋である個室に戻った。そこには、猿轡を噛まされ、手足を鎖で繋がれた女がいた。彼女の名は……アテラ!

 アテラはダグを反抗的な目で睨みつけた。ダグはアテラの腹を蹴り上げた。アテラは呻き声を上げて地面に倒れこむ。

「なんだその目は……お前は自分の立場がわかっているのか? 俺は上、お前は下、だ! 弁えろクソ女が!」

 そう言うとダグは部屋の壁に向かって、それなりに大きな声で独り言を呟く。

「人間女で妥協したのにこんなんじゃあな……人間じゃあ他の奴らに見せびらかすこともできないし……まあでも、こいつの態度は今後の教育次第か……これで俺も毎日セックス三昧だ……これで俺もエリートの仲間入りができる……」

 それから、倒れこむアテラに向かって言った。

「さっきはごめんなあ、夜はたっぷり可愛がってやるから……」

 アテラはあまりのおぞましさに目を見開いた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 村の女が竜人の首を切り落とし、アテラが失踪してから数日。真に恐ろしい悲劇は静寂の夜に忍び寄る!


「アドマイア」

「どうした、シノ」

「話があるんだ。大事な話。二人だけでしたい。夜、湖に来てくれないか」


 夜、皆が寝静まった頃。湖畔。

「綺麗だね、アドマイア」

「ああ、この湖は星をよく映す」

「ここで俺たち、小さい家、作ったよね」

「ああ、そう……だ……」

 アドマイアはシノの顔を見た。シノは今にも泣きそうな顔をしていた。何故そのような表情をするのか、アドマイアが尋ねようとした瞬間、アドマイアの腹に激痛が走った。

「……?」

「すまない、アドマイア」

 アドマイアが視線を落とすと、ナイフの握られたシノの手が、アドマイアの腹を深々と刺していた。その手はひどく震えている。

「すまないアドマイア……お前を殺さなければ、シーナと両親……テノを……ズタズタに切り裂いてやると、竜人に脅されたんだ……」

 アドマイアは震えながら手を伸ばした。しかしその手は、シノには届かなかった。アドマイアは声を出そうとした。しかし喉から出たのは、意味をなさない音ばかりであった。

「ああ、俺はなんてことを……アドマイア……ああ、アドマイア……」

 シノはアドマイアに突き刺したナイフを引き抜くと、自らの首を掻き切り、湖に身を投げた。アドマイアは、飛び出さんばかりに見開いた目で、沈みゆくシノを見た。水面は激しく飛沫を上げ、泡立った。そして、ほどなくして、何事もなかったかのように静けさを取り戻した。アドマイアの意識はここで途切れた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 次にアドマイアが目を覚ましたのは、見知らぬ部屋の中だった。

「ここは……」

「目を覚ましたか」

 現れたのは、サリエだった。

「ここは私の寝室だ。お前が寝ている間、私は床で寝ていたのだぞ。感謝しろ」

 サリエはベッド脇の椅子にどかりと座った。

「湖で倒れているお前を私が回収したんだ。お前、怪物並みの力を持つくせに、耐久は大したことないのだな」

「シノは……?」

「お前を刺した友人の男か。過去を見たから事の顛末は知っている。あの湖は深い。あの男はもう助からない。諦めるんだな」

「……」

「また来る。お前はもう少し寝ていろ」

 そう言うとサリエは再び部屋の外へ出ていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 数日後、朝。

「サリエ、私も手伝おう」

「朝食の準備くらい一人で十分だ。それよりもお前は休んでいろ。動き回ってまた傷が開いたら、困るのはこちらだ」

「本当に大丈夫なんだ。動いていないと気が変になりそうになる」

「ふん、ならばこの皿をテーブルに持っていけ」

 二人が朝食の席に着くと、アドマイアから話し始めた。

「私がここにいることは、両親に伝えてくれたのか?」

「いいや、伝えていない」

「なんだ、伝えていないのか……ならば早く言わねばな。心配していることだろう」

「……」

「久々に村の皆に会いたいな。今日は村に行こうと思うのだが、構わないか?」

「……」

「サリエ?」

「アドマイア、村に行くのなら覚悟しておけ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 村に着いて、アドマイアは絶句した。

 半壊した家、荒らされた畑、血塗れになって倒れた人々、腐敗した血と肉の、むせ返るような臭い。

「サリエ……覚悟しろと言ったのは、こういうことだったのだな」

「引き返すか?」

「いいや、私は、現実をこの目で見なければならない」


 初めにアドマイアは、自らの家へと足を運んだ。

「父上……」

 玄関口では、アドマイアの父が無惨に身体中を切り裂かれ、横たわっていた。その手には固く斧が握られていた。

「お前の父は、最後まで抗ったようだな」

 サリエは感情の篭らない声で言った。


 家の中に入ると台所で母親が倒れていた。身体中痣に覆われ、腹は抉れ内臓が飛び出していた。すぐそばには包丁が落ちていた。

「お前の母も、最後まで希望を捨てていなかったようだな」

 アドマイアはサリエの言葉に胸が軋んだ。


 その後アドマイアは、村中を見て回った。

 アドマイアに文字を教えてくれたゾモも死んでいた。アドマイアをボードゲームに誘ってくれたメルレも死んでいた。アドマイアと共に狩りをしたカリエルも死んでいた。アドマイアの大切な友人が愛したテノも死んでいた。アテラの両親も死んでいた。シノの両親も死んでいた。共に農作業をした人々も、共に酒場で宴を開いた人々も、皆死んでいた。皆、無惨に殺されていた。


 最もおぞましい死に方をしていたのはセトナだった。

 セトナの家に入ると、床に、天文の文章が散乱しているのが目に入った。筆跡はセトナのものであり、そのほとんどは乱暴に破かれていた。

 部屋の奥で、セトナは横たわっていた。顔面は血に塗れ、腫れ上がり、もはや原型を留めていない。衣服は引き裂かれ、暴行の跡だけがあった。膣には蝋燭が入れられている。

「なぜ……」

「奴らにしてみれば、知性を持つ女は憎かろうな」

 アドマイアはしばらくその場から動けなかった。サリエはただそれを黙って見ていた。


 アドマイアに王の打倒を託した三人の若い竜人も死んでいた。彼らは腹から内臓を垂れ流した状態で、村のはずれの木に磔にされていた。

「アドマイア……大丈夫か?」

「大丈夫……ではない……少し時間をくれ……」

 アドマイアは膝を折り、地面に崩れ落ちた。この三人の竜人は、アドマイアが心から尊敬した存在であった。




「水だ。飲め」

 サリエが水筒に水を入れて持ってきた。

「ありがとう」

 アドマイアは力なく微笑んで受け取った。




 その後、アドマイアは、亡骸の全てを村の広場に丁寧に並べた。遺体の目を閉じさせ、手を胸元で折りたたませた。それから、全員に花を手向けた。時間をかけて、丁寧に、一人一人に向けて、祈りを捧げた。

「貴方を殺した竜人は、必ず私が討つ。どうか、それまで待っていてくれ」

 アドマイアはそう呟くと、静かに目を閉じた。


 奇妙なことに、村中をいくら探しても姿のない村人もいた。シノの妹であるシーナや、昼寝好きのナファ、家族のいない子供達を世話していたマナモやマルクがそうだった。

「彼らは一体どこへ行ったのだろうか」

 独り言のように呟いたアドマイアに、サリエは宙に手をかざしたまま、竜人の国の方角を見て言った。

「生きたまま連れ去られたようだ。若い女や子供は持ち運ぶのが簡単で、連れ帰れば労働力になるからな。男も軽いものは連れていかれたらしい。反対に、激しく抵抗した者や、怒らせた者、歳をとって使い物にならない者はここで殺されたようだ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 家に戻るとアドマイアは、サリエの寝室に引きこもった。丸三日出てくることはなかった。アドマイアは部屋の中で何をしているのか、泣いているのか、寝ているのか、サリエは覗き見ることをしなかった。ただ、寝室は不気味なまでに静まり返っていた。

 引きこもってから三日後の朝に、アドマイアは寝室から姿を現した。アドマイアの目は、晴れやかに澄み渡った、純度の高い殺意に塗れていた。竜人達はアドマイアに、伝説の兵士、シャルロット・ダングルベールの血を呼び起こしてしまった。

「すまない、心配かけたな」

 アドマイアの声は穏やかだった。

「別に心配はしていない」

 サリエはパンを食べながら言った。

「飯を食べた後、竜人の城に行こうと思う。悪いがお前も来てくれないか、サリエ?」

「いいぞ。それと……」

「なんだ?」

「ハッピーバースデー。今日でお前は十五歳だ」



←戻る 次へ→

 

© 2025 by inuprin-2. Powered and secured by Wix 

 

bottom of page