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ショコラと紅茶の魔法【13】

 次の日の放課後、僕とエクレアくんと、今日は珍しくモカくんと、図書館に行ったのだけど、この日もフランボワーズさんとジルコンさんはいなかった。

「最近ずっといないよ。どうしたんだろうね?」

 僕たち三人は目を見合わせて、首を傾げてしまった。それからエクレアくんが口を開いて、

「もしかしたら、事件に巻き込まれちゃったとかかな? 僕、上級生に聞いてみるよ!」

 と、外に走っていってしまった。残されちゃった僕とモカくんは、どうしようとお互いに顔を見合わせて、とりあえず図書館の外に出ることにした。

 それで、廊下を歩いていたら、大きな黒い袋を持ったベリルさんに会った。

「ベリルさん!」

「おう、ガキじゃん」

 ベリルさんはひょいっと片手を上げて、挨拶してくれた。ベリルさんが、挨拶してくれた!

 それから、ベリルさんはこんなことを言ってくれた。

「お前さ、今時間ある?」

「えっ、ありますけど……」

「今からゲロ花窃盗犯をとっ捕まえる。見たけりゃ同行しろ」



 僕とモカくんは、ベリルさんに言われるままに、ベリルさんの後をくっついて歩いていた。僕がモカくんに盗まれた話をし終わると、ベリルさんはいつもよりも小さい声で、僕たちに説明してくれた。

「またゲロ花被害が出た。で、これ、回収したゲロ花」

 そう言って、ベリルさんは、黒い袋を持ち上げてゆさゆさ揺らした。

「はぁ……」

「これを、前回と同じ場所に置く。まったくおんなじ場所に、まったくおんなじ『触んな』の貼り紙はっ付けてな。犯人がアホなら、おんなじようにまた来るはずだ。で、俺はそこをとっ捕まえる。シンプルだろ」

「はぁ……」

 モカくんは隣で「そんなので捕まるんですか? そもそもまた同じように来るとは限らないのでは……」と言っていたけれど、ベリルさんは、「言ったろ。犯人が『アホなら』捕まえられるって話だ。来なかったら来なかったで別にいい。そのまんま上に渡すだけだ」と言った。

 それから僕たちは、黒い袋に「触るな」の紙を貼って、廊下に置いて、廊下の角になっているところに隠れた。モカくんも、ベリルさんも、真剣な顔をして袋を見ている。秘密の大作戦だ! 僕は探偵みたいでドキドキしたけれど、本当の本当にこれは真剣な作戦なので、僕はあんまりワクワクしないように気をつけなくちゃいけなかった。

 袋の前の廊下は、何人かの生徒が通るだけで、誰も盗もうとする気配はない。僕はずっと、あの人が盗むのかな、あの人が盗むのかな、と思って見ていたけれど、みんなチラッと袋を見るだけで、すっと通り抜けていってしまう。

 全然、来ないなあ。

 疲れてきて、頭がぽんやりしてきてしまった、その時だった。

 ベリルさんがすっと前に出て、たたっと走っていった。なになに!? と思ったら、茶色い髪の生徒の人が、黒い袋を持ち上げているところだった。茶色い髪の人は、ベリルさんを見ると、「しまった!」という顔をして、そのまま僕たちとは逆方向にドタドタと走っていった。でもベリルさんの方が速くて、茶色い髪の人に追いつくと、すっと回って、右足を出して、その人の足に引っ掛けた。それで、ドタンと大きな音が廊下に響いて、茶色の髪の人は大きく転んでしまった。いっ、痛そう!

 僕たちも慌てて追いかけた。ベリルさんは足でその人の背中を押さえると、「誰だお前は。なんで盗んだ」と低い声で聞いた。その人は、「ああーっ、ごめんなさい! ごめんなさい! 先生には言わないでください!」と言った。

「質問に答えろ。お前は誰で、なんで盗んだ」

「ごめんなさい! ごめんなさい! ペリドットさんに頼まれただけなんです!」

「あ? ペリドット?」

「そうです! 僕は頼まれただけなんです! 僕は悪さするつもりないんです! だから、先生には……」

「ペリドットって誰だ」

「ぼっ、僕もよくわかりません! ただ、ペリドットさんっていう名前だったんです! 手紙でしか知りません!」

「ああ……?」

「手紙で! 手紙でやりとりしてたんです! 手紙で、吐いた花を持ってきてほしいって!」

「明らかに怪しいだろ。なんで素直に従った?」

「違うんです! ペリドットさん、本当はいい人なんです! 手紙でも、ずっと優しかったし、いい人なんです! それに、本当に困ってそうだったんです! 理由は言えないけど、花が必要だって! 今を乗り越えたら、ちゃんと話してあげるって!」

「あっそ……まあいいや、とりあえず職員室行くぞ」

 そう言ってベリルさんは、茶色の髪の人の腕を掴んで、引っ張っていった。ベリルさんに「お前たちも来るか?」と言われて、ついていったけれど、職員室についたら僕たちもベリルさんも「お疲れ様でした」とだけ言われて追い払われてしまった。



・ ・ ・



「諸君、久しぶりだ」

「フランボワーズさん!」

 エクレアくんとモカくんと一緒に図書館に行ったら、この日はちゃんといてくれた。エクレアくんは嬉しそうに前に出て言った。

「お久しぶりです、フランボワーズさん! なんで昨日までいなかったんですか? 補習とかですか?」

「カハハ、ワタシは補習など受けない」

「そうなんですか?」

「ああ。ワタシはだな、外部の資料館に調査に行っていたのだ」

「外部?」

 どういうことだろう? と思う間もなく、フランボワーズさんの話はどんどん進んでいった。

「ショコラ君、君の仮説を確かめたくなったのだ。ゲロ花それ自体に価値があるのかどうかをな」

「えっ、僕の仮説を!?」

「ああ。はじめはこの図書館で調べていたんだが、この図書館にはそういった情報が置いていなかった」

「はぁ……」

「そこでワタシは、これは少しばかりアンダーグラウンドな案件なのではないかと当たりをつけてな、外部の書店、資料館に足を伸ばしてみたというわけだ。なに、書店や資料館で素直に本を読みあさったわけではない。そんなのは非効率だ。そうではなく、店主や館長に直接話を聞きに行ったのだよ。『花疫の際に、吐かれた花が価値あるものとして扱われた記録はあるのですか?』とな。そしたら……」

「そしたら?」

「ビンゴだ。とある古本屋の店主が教えてくれたのだ。『たしかに昔、吐瀉花は一部で価値あるものとして取引されていた。そしてそれは、今もされている』とな」

「えっ」

 今もされてるって言った?

 エクレアくんが、「今もされてるって言いましたか? それじゃあ、外でも、僕たちの知らないところで、花かぜっぽいことは起きてたってことですか?」と聞いた。フランボワーズさんは「いかにも」と言った。エクレアくんは続けて聞く。

「じゃあなんで、みんな知らなかったんですか? 学校でゲロ花が出たとき、みんな、こんなのは学校だけで起きた、不可解な事件だ! って、騒いでましたよね?」

「まさに、これがアンダーグラウンド案件だからだな」

「アンダーグラウンド案件……」

 そう言って、エクレアくんは黙ってしまった。何か質問を考えているけれど、思いつかないっていう感じの顔だった。

 僕も、何を聞けばいいのかわからなかった。あまりにも、知らない話すぎて。

 フランボワーズさんは続けた。

「ゲロ花は今も、裏で取引されているのだ。どういうわけかは知らないが、われわれの知らないところで、こっそり生成され、こっそり流通している。証言として、現時点でわかっているのは、ここまでだ」

「はぁ……」

「しかしだ。店主が提供した情報は、これだけでは終わらなかった。『私に言えるのは、ここまでだ。それ以上の情報を求めるのなら、パンプキン氏のもとへ行け』と、彼はそう言ったのだ」

「パンプキン氏……」

 また、新しい名前が出てきた。この前はペリドットさんで、今日はパンプキン氏……。僕、覚えられるかな……。

「その日はもう夕方になってしまい、寮の門限が近づいていたので、ワタシは惜しみながらも帰宅することにした。しかしここで諦めるワタシではない。ワタシは次の休みに、そのパンプキン氏のもとへ行くつもりだ。ジルを連れてな」

 フランボワーズさんは、机の上で手を組んだまま言った。エクレアくんが、「えっ、それ、大丈夫なんですか?」と言った。モカくんも、「危なくないですか?」と聞いた。フランボワーズさんは、「そのためのジルだ」と言った。

 それからフランボワーズさんは、突然僕を見て、「ところで、ショコラ君」と言った。

「あっ、はい、なんですか!」

「嫌なら断ってくれていいのだが、君もパンプキン氏のもとに同行してくれないか?」

「えっ、どうしてですか……?」

「パンプキン氏はかわいい男子に滅法弱いらしいのだ。まあ、ワタシも十分に美しいのだがな、パンプキン氏の求める美ではないとのこと。君が来てくれれば、きっと多くの情報を話してくれるだろう」



・ ・ ・



 土曜日、僕は、早起きして服を選んでいた。

 クリーム色の柔らかいシャツに、赤いリボン……いや、今日は大人の人みたいなネクタイの方がいいかな? たしか、いつかの誕生日に、ママにもらったものがあったはず。いつもはつけないから、クローゼットの中から探すのに時間がかかってしまった。それでネクタイをつけて鏡の前に立ってみたら、なんだか違う気がしたので、結局、いつものリボンをつけることにした。

 ズボンは、濃いめのベージュのものにした。チェック柄がついてるやつ。いつもはつけないけど、サスペンダーとかもつけてみる。うん、なんか、探偵さんっぽい! ここに帽子があったら完璧だったんだろうけど、探偵さんみたいな帽子は、残念なことに持っていなかった。

 九時になって校門に行くと、そこには二人の綺麗な人が立っていた。一人は白っぽいクリーム色のカーディガンに、眩しいくらいの真っ赤なひらひらのドレスみたいなものを着ている。もう一人は、黒くてパリッとしたシャツに、グレーのスラっとしたズボンを履いている。キラキラしていて、なんだかそこだけ、舞台の上みたいだった。近づいてみて、やっと、それがフランボワーズさんとジルコンさんだということがわかった。

「やあ、ショコラ君」

 フランボワーズさんは僕を見つけると、ひらひらと手を振ってくれた。それから、「ショコラ君、ジルから話があるらしい」と言った。ジルコンさんを見ると、いつもみたいな鋭い目で、僕を上から見ていた。

「話……?」

 僕が見上げると、ジルコンさんは、いつもみたいな鋭い声で言った。

「ショコラ君、せっかく来てもらったところ悪いが、帰ってくれ」

 えっ?

「下級生を危険に巻き込むわけにはいかない。昨日の時点で、君には来ないよう伝えたかったのだがな。君の寮は知らないし、伝える術がなかった。そういうわけで、当日になってすまないが、君は帰ってくれ」

「え……」

「これだからフランは……私のいないところで、勝手に危険な判断を……」

 そう言うとジルコンさんは、大きくため息をついた。隣でフランボワーズさんは、珍しくしおしおとした顔になって、「今回ばかりは本当に反省しているよ……昨日ジルにこっぴどく叱られてな、ようやく危なさがわかった……」と言った。なんだかこっちが申し訳なくなってしまうくらい、しおしおしていた。

 それからフランボワーズさんは僕の方を向いて、「本当にすまなかった。せっかく来てくれたところ心苦しいが、今日は留守番係をしていてくれ」と言った。ジルコンさんは、「ショコラ君、これだけはわかっておいて欲しいが、私達は君を役立たずだと思っているのではない。あくまで今回の聞き取りにおいては、君の年齢と相手の性質上危険だから外す。それだけだ」と言った。フランボワーズさんはいつもよりちょっと元気がなさそうな声で、「そうだぞ。だから君には、他の場面で役に立ってもらうとしよう……」と言った。横でジルコンさんが「言い方」と注意していた。

 そうして二人は、何か、「では行ってくる」のようなことを言って、背中を向けて歩いていってしまった。

 僕、置いていかれちゃった。



・ ・ ・



 君は帰ってくれ。

「僕……」

 下級生を危険に巻き込むわけにはいかない。だから君には、他の場面で役に立ってもらうとしよう……。下級生を危険に巻き込むわけにはいかない。今日は留守番係をしていてくれ。あくまで今回の聞き取りにおいては、君の年齢と相手の性質上危険だから外す。今回ばかりは本当に反省しているよ……。


 ショコラ君、これだけはわかっておいて欲しいが、私達は君を役立たずだと思っているのではない。


「僕、わかってます……」

 わかってる。

「それは、わかってます……」

 けど……。

 ダメだよ、考えちゃうよ。

 僕、せっかく役に立てそうだったのに。せっかくできることがあるのに。僕が行けば、いっぱい情報がもらえるんだよね? それって、大きな仕事だよね。ねえ、僕が役に立ったのって、いつ? そうだよ、僕が仮説を出した時だけだよ。エクレアくんも、フランボワーズさんも、あんなに調査で活躍してるのに。僕はぽんやりしてばっかり。僕って、結局、何もしてないよ。

 そもそもフランボワーズさんもジルコンさんも、大人みたいな顔をしてるけど、普通に学校の生徒の人じゃないか。だったら、あの二人がよくて、僕がダメな理由って、そんなにないんじゃないのかな?

 行ったら、いっぱい情報もらえるんだよね。

 そうしたら、みんな、喜んでくれるかな。

「……よし、僕も行こう」

 僕は探偵さんみたいに、こそこそ影に隠れながら、二人の後をついていった。



 最初に歩いていたのは、僕もよく知っている大通りだった。学校に近くて、休みの日は、他の生徒の人たちがお買い物したりお喋りしているのをよく見かける。今日も、たくさんの人たちでわいわいしていた。それでもフランボワーズさんとジルコンさんは、周りなんか見ないで、まっすぐに歩いていく。あの二人は歩くのが早くて、僕は少し小走りしないといけなかった。途中までは、生徒の人くらいの、若い人が多いと思ってた。思ってたはず。

 けれどいつの間にか、あたりは大人ばかりになっていた。

 新聞部の教室ともまた違う、今はもっと、ピリピリとした感じだった。周りには、明らかに学校の生徒じゃない大人しかいない。ポケットに手を突っ込んで、鋭い目で歩いているおじさん。タバコみたいなのをくわえて歩いているおばさん。ベンチで足を組んで新聞を読んでいるおじいさん。サングラスをかけて、妙にピタッとしたスカートを履いてる女の人。

 ここだけ急に、色がなくなってしまったみたいだった。

「怖い……」

 でも、頑張らなきゃ。

 フランボワーズさんとジルコンさんは、ヒョイッと角を曲がった。小走りで追いついてみると、いかにも怪しそうなお店が並んだ路地裏があった。そのうちの一つ、黒字にオレンジの文字が書いてある看板のお店に、フランボワーズさんとジルコンさんは入っていった。看板には、「かぼちゃの巣」と書いてあった。

 とりあえず、ドアの前に来てみた。だけど、そのあとにどうすればいいか、わからなくなってしまった。

 中に入っていいのかな? でも、入ったら何があるんだろう? もしかして、ここの通りの人みたいに、怖い大人の人がいっぱいいるのかな?

 それより、何より、ジルコンさんに、怒られちゃうかな?

 僕はここに来て、やっと、僕が何も考えないで来ちゃったことに気づいた。どうしよう。心臓がバクバクしてきた。

 中からは喋り声が聞こえる。知らない男の人と、フランボワーズさんの声っぽかった。よかった、フランボワーズさんとジルコンさんは、中で普通に話せているんだ。でも、僕は?

 その時だった。路地裏に、スーツを着た、とても体が大きな人が入ってきた。目は鋭くて、でもジルコンさんみたいに磨かれた剣みたいな感じじゃなくて、もっと、濁っていて。

 どっ、どうしよう! 殺されちゃう!

 僕はとっさに、「かぼちゃの巣」に入った。カランコロンと、やけに大きいベルの音が鳴った。

「おや、これは新しいお客さん……って、えっ、かわいい!?」

 男の人の大きな声が、部屋中に響いた。




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