top of page

ショコラと紅茶の魔法【14】

「ショコラ君!? なぜここに!?」

「えっと、その……」

「まあいい、こっちに。絶対に私から離れるなよ」

 そう言ってジルコンさんは、僕の肩をすっと自分の方に寄せた。

「えぇー、そのかわいい子だれぇ? お客さん方の知り合い?」

「その話はしない。それよりも、情報の続きを」

「ふっふ、いいでしょう。可愛いお客様も来たことですし、続けましょうか」

 そう言って男の人は、テーブルの上で手を組み、にたりと笑った。笑って、ガチャガチャになった白い歯が、ぬっと出てきた。

 男の人は、とにかく変な格好をしていた。

 くるくるに巻かれた、絵の具みたいなオレンジの髪に、ところどころ黒い毛がちょんちょんと混じっている。黒いシャツの上に、鮮やかな紫色のスーツを着ているけれど、その上にはアルファベットとか、コウモリとか、変なロゴみたいなものとか、とにかくいろいろなバッジがつけてあった。それから何より、一番気になるのは、まんまるで真っ黒なサングラスをつけているところだった。あんまりにも真っ黒で、そこだけぽっかり穴が空いているようだった。

「小さな可愛いお客様も来ましたから、軽くおさらいするところから始めましょうか」

「……」

「まず最初の質問、『吐瀉された花は裏で取引されているのか』ですが……ええ、先ほど言った通り、これはイエスでございます。吐瀉された花は現在も、裏で取引されております。FLOという名前で……ええ、これはもちろん、フラワーから取ったネーミングです。誠に安直。しかし裏ではしばしば、そのような安直さが好まれるのですよ」

「……」

「そして次の質問、『何が目的でFLOが取引されるのか』ですが……これも先ほど説明した通り。FLOは覚醒剤、鎮静剤として優秀だからでございますね。ピンと来ませんか? そりゃあ、アッパーでは流通しておりませんからね……FLOを吸ったり飲んだり打ったりすると、幻覚が見られて、楽しくなって、とにかくハッピーになるのですよ。それはもう、みんな喉から手が出るほど欲しくなるくらい……わかりますか、ショコラくん?」

「えっ!」

 突然名前を呼ばれて、ビクッとした。男の人はニタニタと笑いながら、こっちに顔を向けている。ぽっかりと空いた穴みたいな、真っ黒な目。気がついたら、僕はジルコンさんの服をぎゅっと握っていた。

「ふふ、怖がっている男の子というのは、いつ見ても可愛いものですね」

「パンプキン」

「おっと失礼、横道にそれてしまいました……それで、次の質問は、『どのようにFLOが生成されるのか』でしたね? 花疫はすでに過去のものとなったはずなのに……と」

「そうだ。なぜ消えた花かぜが再び発症している? まあ話を聞くに、花かぜとは別物のようだが」

「ふふ、いつの国、いつの時代にも、変態はいるものです……ここで言う変態とは性的倒錯者という意味ではなく、常人には考えられないほどの執念を持つ者という意味で……そうです、過去の変態たちは作り出したのですよ、人為的に花を吐かせる技術……といいますか、薬を。それはもう、大事に大事に、外部に漏らさないようにしながら、伝統技術を守り抜いてきたのでございます……」

「ワタシたちに喋っているじゃないか。帰ったら普通にタレコミするぞ」

「ふっふ、それは問題ございません。彼らは逃げるのが大得意ですから……」

 そう言うと、男の人は、小さくクケクケと笑った。フランボワーズさんは表情を変えないで「そうか」とだけ言うと、今度は、「では薬を飲まされてから吐くまでの具体的な流れを教えろ」と聞いた。男の人が「と、言いますと?」と言うと、フランボワーズさんは「FLOを吐く薬を飲まされた者は、飲まされた瞬間にFLOを吐くのか? それとも時間差で吐くのか? あるいは、別のトリガーがあるのか?」と続けた。すると男の人は、

「なるほど、それは、さまざまでございます」

 と言った。

「さまざま?」

「FLO生成薬にはさまざまな種類があるのですよ。なにしろ開発されるまでには長い歴史がありましたゆえ……もちろん、飲んだり打ち込んだりした瞬間に吐くものもあれば、時間差で吐くものも、その他特徴的なトリガーを持つものも、すべてありますよ。まあ一般に使われるのは、すぐに吐くタイプのものですがね。時間差や別のトリガーを待つ意味は薄いですから……何か『特別な犯罪』をしたいのでない限り……」

「『特徴的なトリガー』とは具体的に、どんなものがある?」

「それもまたさまざまです。あまりにさまざますぎて、何から説明すればいいやら、こちらがわからなくなるほど……そうですねぇ、強いて具体的な例を挙げるとすれば、ある特定の食べ物……例えばチョコレートを食べた時……あるいはある特定の感情……恋をして心臓がドキンと跳ね上がった時など……」

 そう言って男の人は、僕の方に目を向けた。僕の肩のジルコンさんの手に、ほんの少しだけ力が入る。それから男の人は、「おやお客さん、そんなに睨まないで……」と言った。それから、

「花を吐いた者は眠ってしまうものですが、彼らは、眠った人間を再び目覚めさせる技術も持っているのですよ。吐かせて、眠らせて、注射をぶち込んで、目覚めさせて、また吐かせて……お望みとあらば、『ファクトリー』に案内することもできますが……」

 と言ったけれど、ジルコンさんに「結構だ」と言われていた。フランボワーズさんが「目覚めさせる技術について教えろ」と言うと、男の人は「これも薬でございます。これも彼らの独自技術。まあ私は薬剤師じゃあございませんので、詳しい調合については、彼らのところへお訪ねになって……」と言って、「わかった」と言われていた。男の人は、話し足りなさそうに、唇をぐんにゃりさせていたけれど、フランボワーズさんもジルコンさんも、気にしていないようだった。

 それからもフランボワーズさんとジルコンさんは質問を続けた。

「『彼ら』とは具体的に誰のことだ」

「たくさんおりますよ……彼らはモヤのようなもので……」

「具体的には」

「彼らは組織名を持ちませんゆえ」

「一応聞くが、学校関係者が関わったという情報は?」

「ありませんねえ。そんなことを漏らすウカツな人間は、裏ではすぐに潰れますよ」

「そうか」

 そう言うとフランボワーズさんとジルコンさんは、お互いの顔を見て、小さく頷いて、「質問はこれで以上だ。情報提供感謝する。ではワタシたちはこれで……」と言った。そう言って、ドアの方を向いた。その時だった。

「子供のFLOは、価値が高いのですよ」

 男の人の声が響いた、と、思ったら、カランコロンというベルの音が聞こえないくらいに、バンと勢いよくドアが開いて、大きな体のスーツの人たちが、わっと一斉に入ってきた。

「えっ、えっ!?」

 みんな、変なサングラスをかけていた。わけがわからなくて、とにかく、ジルコンさんにしがみついて、後ろに隠れた。

「おおっと、動かないでください」

 男の人の方を見ると、ガチャガチャの歯をぬっと出して笑って、真っ黒な拳銃を向けていた。

「皆さん素直についてきてくだされば、なぁ〜んにも、痛いことなど……いっったぁ!」

 目にも止まらない速さで、ジルコンさんは飛び出して、男の人の手を蹴り上げた。それから拳銃はカシャンと音を立てて飛んでいって、床をさぁっと滑った。それをフランボワーズさんがすっと拾って、そのままカチャリと、スーツの人たちに向けた。

「近づくなよ……マジで本当に撃つからな……」

 僕はいつの間にかフランボワーズさんに肩を抱えられていて、背中はピッタリと壁にくっついていた。ジルコンさんも、すっと僕たちの方に近づいてきた。いつの間にか、銀色の細くて長い剣を持って、スーツの人たちに向けていた。それからジルコンさんは、スーツの人たちに顔を向けたまま、僕たちにこっそり何か言って、それから「走れ!」と叫んだ。

 声に合わせて、僕たちは走り出した。フランボワーズさんに引っ張られて、店の奥に走っていった。もうわけがわからなかった。とにかく暗くてごちゃごちゃした場所を走っていることしかわからなかった。

 フランボワーズさんはドアを見つけて、勢いよく開けた。外の明るい光がパッと入ってきた。

「走るぞ走るぞ」

 フランボワーズさんは僕の手を引っ張って走り続けた。走って、走って、走って、気がついたら、周りはいつのまにか、学校の生徒たちがワイワイ集まる商店街になっていた。

 広場の噴水のところまで来ると、フランボワーズさんは走るのをやめて、へたへたと少し歩いてから、立ち止まって、僕の手を離した。

「ハァ……ハァ……、しょ、ショコラ君、大丈夫か……?」

「あっ、はい……なんとか……」

 僕はわけがわからないままに、変な返事をしてしまった。フランボワーズさんは顔を真っ赤にして、手もプルプルと震わせていた。

 少ししてから、ジルコンさんも小走りで追いついてきた。

「二人とも、怪我はないか」

 フランボワーズさんと違って、ジルコンさんは顔色ひとつ変えないで、いつも通りの冷静な表情をしていた。それでも、なんとなく、少しだけ声が震えているような気がした。

「わ……ワタシは、問題ない……ハァ……それよりあの剣は……?」

「邪魔なので捨てた」

「というか……なんだったんだ……あれは……」

「壁に飾っていたものを勝手に取った。レプリカだなあれは」

「そうか……いやしかし……ふふ……パンプキンのヤツめ……ハァ……調子に乗って、拳銃なんか出してしまったために……ジルに……ふふ、あれは失敗だったな……」

「お前は休め。水を買ってきてやる。ショコラ君、君は?」

「あっ、僕は大丈夫です!」

「な、なんだ君は……体力……へ、平気なのか……!?」

「僕、子供なので……」

「ショコラ君、この学生街にまで来れば、彼らも手が出せないはずだ。ひとまず安心して良い。フランの調子が戻ったら、警察に行こう」

「あっ、はい!」

 それから警察に行って、パンプキンさんのところであった話をしたのだけど、僕もフランボワーズさんもジルコンさんも、大人の人たちにひどく怒られてしまった。未成年が危険なことをするなって。あんまりにもひどく怒られたからか、フランボワーズさんだけじゃなくて、ジルコンさんも、今日は珍しくしおしおしてしまっていた。




←前へ 次へ→

 

© 2025 by inuprin-2. Powered and secured by Wix 

 

bottom of page