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ショコラと紅茶の魔法【15】

「とまあ、そんなわけで、われわれは怒られたが重要な情報を手に入れたぞ!」

「……」

 次の月曜日の図書館で、フランボワーズさんとジルコンさんは、エクレアくんとモカくんの前で、パンプキンさんのところで聞いた話をした。エクレアくんは、「ええー、そうなんですかぁ……」と、珍しくちょっとだけ困っているみたいだった。モカくんの眉間にはシワがよっていた。それから、「まあ……無事でよかったです……」と言った。フランボワーズさんは、僕たち下級生の反応を見て「ふふん」と笑ったけれど、ジルコンさんは、なんというか、なんとも言えない顔をしていた。

 それからフランボワーズさんは言った。

「そういうことだ。少なくとも裏では、ゲロ花に価値があることがわかった。ゲロ花を人為的に吐かせる技術が存在することもわかった。これで、まあ仮だが、校内で局所的にゲロ花被害が起きたことにも説明がつくようになったな。それから、ペリドットとやらがゲロ花を欲しがる理由も……ところで、ペリドットとやらは誰なんだ?」

「あっ、それはですね!」

 エクレアくんが言った。

「僕、調べたんですけど、この学校にペリドットさんって人はいないみたいです!」

「ほう……では、ペリドットは偽名か、外部の人間か。というか、君、仕事が早いな」

「はい! 僕、新聞部なので!」

 そう言ってエクレアくんは「てへー」という感じで笑った。フランボワーズさんは「感心だ」と笑った。それからエクレアくんは続けた。

「それで、僕、他にペリドットさんとやり取りしてる人を探そうと思ったんですけど、それはまだ見つけられていないです。新聞部パワーでも、それは難しくて……」

「それはそうだろう。こういうのは大抵、秘密のやり取りとして行われるものだ。『自分だけの特別』が持つ甘さは、人を沈黙に追いやる。積極的に名乗り出る人間はまあいないだろうな」

「ですよね! それと、ベリルさんが捕まえた人にも話を聞こうと思ったんですけど、その人、今は学校に来てないみたいで、無理でした!」

「なるほどな」

 そう言うとフランボワーズさんは、「調査ご苦労だった」と小さく笑った。エクレアくんはまた「てへー」という感じで笑うと、「あっ、それと、もういっこ!」と言って、パラパラとメモ帳をめくった。それから、

「サファイアさんの横に落ちてた写真の、黒い髪の人……この学校の卒業生で、もう死んでるみたいです! 車の事故で!」

 と言った。


・ ・ ・


 次の日の放課後、僕は一人でお庭にいた。僕も調査の役に立ちたくて、それで、やることを思いついたから。

 お庭をうろうろしていると、今日はすぐに、アプリコットさんを見つけることができた。でも今日は、別の人と一緒にお茶会をしていた。知らない人だった。

 どうしようかな、と思って、迷っていると、アプリコットさんが僕を見つけて、ニコッと笑ってくれた。アプリコットさんに気付かれて、僕はますますどうすればいいかわからなくなってしまった。聞きたいことがあるけれど、他の人とのお茶会中だし、邪魔しちゃいけないだろうし……。

 みたいな感じで迷っていたら、今度はアプリコットさんが、おいでと手招きしてくれた。ちょっとビクッとしてしまったけれど、アプリコットさんが見ていたので、小走りでそのテーブルに行った。そうしたら、アプリコットさんは、いつもの猫ちゃんみたいな顔で笑った。

「ふふ、ショコラくん、どうしたの? こっち見てモジモジして」

「えっ、そんなにモジモジしてましたか……?」

「してたよ」

 そう言って、アプリコットさんは、ふふっと笑った。一緒にお茶会をしていた人は、目をパチパチとさせて、こっちを見ていた。

「それで、ショコラくんは俺に何か用事があるのかな?」

「あっ、えっと……」

 アプリコットさんはじっと見ている。一緒にお茶会をしていた人も、目をパチパチしながら見ている。

 どうしよう……、

 って、一瞬だけ迷ったけれど、僕はちょっと意を決して聞くことにした。

「あの、この前言ってた、死んじゃった大事な人って、もしかして髪の毛が黒いですか?」

 言った瞬間、アプリコットさんの顔から、すっと表情が消えた。あれ、と、思った瞬間、アプリコットさんは口の端っこを小さく上げて、「ショコラくんは、どうしてそんなことを聞いたのかな?」と、逆に聞いてきた。

「あっ、えっと……」

 調査のためですって、言おうと思った。でも、よく考えたら、写真の人と、アプリコットさんが言ってた人が同じ人なんていう推理は、コンキョがなかった。よく考えたら、ただなんとなく僕の中で繋がっちゃって、聞きに行こうと思っただけだった。エクレアくんが聞いたら、決めつけはよくないって言うかな。フランボワーズさんが聞いたら、ヒヤクがどうとか言われちゃうかな……。

「ん?」

「あっ、調査のため……です」

 結局、言っちゃった。

「ふぅん? この前、エクレアくんとインタビューに来た時のやつかな?」

「あっ、はい、そうです……」

「そっか」

 アプリコットさんは、じっとこっちを見ている。初めて会った日に、紅茶のことを聞かれた時と同じ目みたいだった。

「髪の毛が黒いって思ったのは、どうして?」

「あっ、えっと、それは、サファイアさんの横に落ちてた写真の人が、黒い髪だったからです……」

「へえ? じゃあショコラくんは、俺がサファイアくんとよく喋っていたことと、俺と仲がいい人の大事な人が死んじゃったことと、サファイアくんの隣に落ちていた写真の人がもう死んでるっていうことを、結びつけちゃったってことかな?」

「えっと……」

「つまり、俺が言ってた『大事な人』が、その写真の黒い髪の人だと思ったってことだね?」

「あっ、はい、多分、そうです……」

 僕がそう言うと、アプリコットさんは「そっか」と笑った。僕は、顔がちょっと熱くなってしまった。だって、アプリコットさんの方が、僕よりも僕のことを、ずっとよくわかってるみたいだから。

「うーん、個人情報だからね、あんまり軽率に言うわけにはいかないけど……」

「あ……そう、ですよね……」

「こういう言い方をしてる時点で、『そうです』って、認めてるようなものだね」

「あ……えっ……?」

「そうだよ、俺が言った『大事な人』、つまりサファイアくんの大事な人は、その写真の黒い髪の人。俺とサファイアくんは、その黒髪の人についてよく話してたんだ。これでいいかな?」

「あっ、はい……」

「よかった。ところでショコラくん、君も一緒にお茶会しない?」

「えっ」

「ん?」

「いや、えっと……」

 アプリコットさんとお茶していた別の人も、小さく「えっ」と言って、目をパチパチさせている。僕は少し困ってしまって……困っていると、アプリコットさんはふっと笑って、「冗談だよ」といたずらっぽく笑った。

「ショコラくんも用事があるだろうからね、俺は引き止めないよ」

「あ、はい……」

「それじゃあね、またお茶しようね」

 そう言ってアプリコットさんは、ひらひらと手を振った。僕はもうどこかへ行かなくちゃならないことになってしまった。


・ ・ ・


「諸君、今日は調査は休みだ」

「えっ」

 いつも通り、エクレアくんと一緒にフランボワーズさんのところに行くと、フランボワーズさんはキッパリとそう言った。

「休みってどういうこと……」

「飽きた。疲れた。だから休む」

「えぇ……」

「いくら図書館の魔女だからといって、ワタシは人間だ。飽きることも疲れることもある」

「えぇ……」

「長期的な仕事をこなすにはこのような気分転換の日も必要だ。なに、数日休んだらまた戻ってくるさ。まあワタシは休むが、君たちは好きにやってくれて構わない。ちなみに今ワタシが開いている本は、数学書だ。花疫には一切関係ない」

「はあ、そうですか……」

 そう言うとフランボワーズさんは、本に戻ってしまった。僕とエクレアくんがお互いの顔を見ると、エクレアくんは困ったように笑って、「うーん、それじゃあ僕も、久しぶりにダンスクラブの方に行ってみようかなー」と言った。僕が「うん、いいと思う!」と言うと、エクレアくんは「うん! じゃあ行ってくる!」と言って、小走りで行ってしまった。あ、図書館で走ったら、危ないよ……と言う間もなく、エクレアくんの姿は見えなくなってしまった。

「どうしようかな……」

 僕は少し迷って、結局、スケッチブックを持ってお庭に行くことにした。この前みたいにバラを描いてもいいかなと思ったけれど、今日は別のものを描いてみることにした。お庭を歩き回って、いろいろ探し回って、噴水を描くことに決めた。

 前にベリルさんに足のことを言われたから、今日は椅子を用意して描くことにした。椅子に座ってスケッチブックを構えたら、びっくりするくらい楽でびっくりしてしまった。

 噴水……ちゃんと見るのは初めてだった。お皿みたいなものが、いくつか重なっているけれど、その一つ一つに、綺麗なかざりがついている。波みたいな模様とか、お花の花びらみたいにひらひらしている形とか……僕にはどう言えばいいかわからないけれど、とにかく綺麗だった。噴水って、こんなにちゃんと作られてたんだ。

 でも、描き始めてみて、一番大変だったのは、噴水のかざりなんかじゃなくて、水の方だった。

 水は止まってくれないから、最初、どう描けばいいかわからなかった。しょうがないから、なんとなくで描いてみることにした。けれど、なんとなく描いても、あんまり水っぽくならなくて、困ってしまった。

 うーん、水って意外と、カタマリみたいなものなのかも。

 水って透明に見えてたけど、端っこの方を黒く塗ってみた方が、それっぽくなるかも。

 水って意外と……。

「ねえ、君、もう帰った方がいいよ」

 ポンポンと肩を叩かれて、僕はビクッとなってしまった。見上げると、知らない上級生たちが僕の方を見ていた。優しい感じで、ニコニコと笑っていた。

「そろそろ門限になっちゃうよ。もう帰る準備をした方がいい」

「えっ」

 僕があたりを見回すと、空はもう暗くなり始めていた。

「ふふ、君すっごく集中してたね」

「それじゃあね、僕たちは先に行くね」

「気をつけて帰るんだよ」

 そう言ってにっこり笑うと、上級生たちは背中を向けて歩いていった。僕は急いで片付けて、ちょっと走って部屋に戻った。噴水はまだ完成していなかったので、また明日も来ようと思った。

 そういえば、今日はベリルさんにもアプリコットさんにも会わなかった。最近、放課後はいつも誰かに会っていたから新鮮だった。たまにはこういう日もいいかもしれない。誰とも話さない時間って、ちょっと楽しいかもしれない。


「モカくん、今日は噴水描いてみたんだ。途中だけど……」

 お部屋でスケッチブックを見せると、モカくんは目を大きく開いて、「へぇー! すごい!」と言ってくれた。それからコホンと咳払いをして、「画家の人みたいだね」と言ってくれた。

「えへ、ありがとう……」

「この、なんて言うんだろう……ここの水が落ちてるところとか、綺麗だね」

「うん、僕、ここ頑張ったんだ」

 僕がそう言うと、モカくんは「これまだ途中なんだよね? 完成楽しみにしてるね」と言ってくれた。僕はほかほかした気持ちになって、「ありがとう!」と言った。

 その後は、モカくんがバスケットボールのクラブの話をしてくれた。最近はこんなワザができるようになって楽しいとか、遠くからボールを投げてゴールするやつができるようになったとか、そういうのをたくさん教えてくれた。そういう話をしているモカくんが、なんだかキラキラして見えて、またまた僕はほかほかしてしまった。


・ ・ ・


 その次の日は、図書館にフランボワーズさんはいなかった。なので僕は、またスケッチブックを持って外に出て、お庭で噴水を描いた。一応全部描けて、完成っぽくはなったけれど、まだなんとなく納得がいかなかったので、もう少し描き直してみることにした。その日も、夕方まで集中しすぎてしまって、知らない上級生に「もう帰った方がいいよ」と、肩をぽんぽんされてしまった。

 その次の日は、図書館のいつもの席にフランボワーズさんがいたけれど、「ふふ、ショコラくん。今日は休息の日だ」と言われてしまった。なので僕は、またスケッチブックを持って、お庭で噴水を描いた。昨日完成っぽくなったものを、もっと綺麗にしようと思った。消しゴムで消して、また描いて、消しゴムで消して、また描いて……みたいなことをずっとやっていた。多分これはジミな作業というものなんだろうけど、僕には結構楽しかった。

 けれど今日は途中で、知らない子が話しかけてきてくれた。金色の髪の毛で、青い目をした男の子。僕と同じくらいの背で、多分おんなじ学年の子だと思ったけれど、頭の中のエクレアくんが「身長で決めつけるのはよくないよ!」って言ったから、僕はハンダンのホリュウをした。

「ねぇ、君、いつもここで絵描いてるよね」

 男の子はにっこり笑って、コテっと首を傾げた。ほんのりほっぺが赤くなっていて、お人形さんみたいだなと思った。

「あ、えっと……」

 僕は何か返さなきゃと思った。いつもここで描いてるよねって言われたけど、いつもって言うほどいつも描いてたかな……。

「僕、〇〇〇! 君はお名前なんていうの?」

「あ、えっと、僕はショコラです……」

「ショコラくんっていうんだ! かわいい名前だね!」

「ありがとう……」

 いきおいで流してしまったけれど、どうしよう、この子の名前、ちゃんと聞き取れなかった……。

「ねぇ、隣に座っててもいい?」

「あっ、その……」

「ショコラくんは絵、描いてていいよ!」

「うん……それなら……」

 そう言うと、男の子は自分の椅子を持ってきて、僕の隣に座った。けれどそれが、なんだか、妙に近い気がして、僕はちょっとドキドキしてしまった。モカくんも、エクレアくんも、こんなに近くには座らなかったよね?

 男の子はじっと僕の手を見たり、僕の顔を見たりしていて、気がついたら、僕の手はあんまり上手に動かなくなってしまっていた。

 そのうち、男の子はそっと顔を近づけて、僕の手の甲にもすっと手を当ててきて、「ショコラくん、緊張してる?」と言ってきた。僕は「うん、そんなに見られたら緊張しちゃうよ」と返した。そうしたら男の子は、「そっか、ごめんね。じゃあ僕、あんまりショコラくんのこと見ないようにするよ」と言った。それから「僕も噴水の方見てるね」と言って前を向いた。

 僕は今度こそ噴水をちゃんと描こうと思った。けれど、どうしてだろう、隣に男の子がいるだけで、僕の手は、全然動かなくなってしまった。

 僕は自分に言い聞かせた。大丈夫、描けるよ、だって男の子は噴水の方を見てるんだから、って。

 そう、僕の方は全然見てないんだから……。

 ……。

 描けない。

 絵が描けない、絵が描けない、絵が描けない、噴水、噴水、噴水、噴水、噴水、噴水、噴水、噴水、噴水、噴水、噴水、噴水……!!!!!!

「ごめんね!!! 僕、今日は集中できないから帰るね!!!」

「えっ」

「じゃあね!!!!!」

 その夜、僕は噴水がうまく描けなかったことが妙に悲しくて、ベッドの上で丸まってしまった。見返したスケッチブックの水も、なんとなく元気がなさそうだった。心配してくれたモカくんにその話をしたら、「うーん、その子、ショコラくんと仲良くなりたかったんじゃないかな。でも、ショコラくんが仲良くなりたいと思わないなら、ショコラくんの気持ちを大事にした方がいいと思う!」と言ってくれた。

 次の日、エクレアくんにその話をしたら、「フシゼンなまでの相手の行動のハアク、急なセッキン、シンタイセッショク……」とブツブツ言った後に、「それ、怪異だよ!」と言っていた。僕は「なるほど……!」と思った。




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