ショコラと紅茶の魔法【3】
「ん……」
ふわふわの頭のまんま、ぼんやり目を開ける。外はもう明るくて、カーテンのすき間から、白い光の線が入ってきていた。
「何時ぃ……?」
のそのそと起きて時計を見ると、六時五十分くらいだった。
「えへ……ちょうどいい時間に起きちゃった……」
モカくんの方を見ると、まだ寝ているみたいだった。
僕は顔を洗って、制服に着替えた。まだネクタイを結ぶの は苦手だったけれど、どうにか一人で結ぶことができた。
気がつくと、時間は七時を過ぎていた。モカくんの方を見ると、まだ寝ているみたいだった。近づいてみると、変な格好で、枕に足を乗せて、気持ちよさそうに寝ていた。
「ねぇ、モカくん、もう七時過ぎちゃったよ」
僕はモカくんの肩をゆさゆさゆすってみたけれど、モカくんは全然起きそうになかった。
「ねぇ、七時に起きようって約束したよね?」
僕はもっとゆすってみたけれど、モカくんは全然起きなさそう。
「わーっ! モカくん! 遅刻しちゃうー!」
僕が大声を出して、もっと強くゆすったら、モカくんは「うぇっ、えっ!?」とか言いながら、慌てたように起き出した。
「モカくん、もう七時だよ!」
「ああ……? 七時……」
「うん! 早くしないとご飯食べられなくなっちゃう!」
「うぇ……うう……んんん……」
「モカくん!」
僕はモカくんを引っ張って、洗面台の前に立たせた。そこまでやったらモカくんはちゃんと目を覚ましたみたいで 、自分で顔を洗って、自分で着替え始めた。
「ショコラくん、起こしてくれてありがとう!」
いつの間にかモカくんは元気になっていて、みょうにハキハキした声でお礼を言ってきた。僕は「明日からはちゃんと起きてね!」と言っておいた。
二人で食堂に行くと、昨日の夜のおしゃれな感じとは全然違って、大きな窓から朝日が入ってきていて、なんだかさわやかな雰囲気になっていた。けれどとにかく人が多くて、実際は全然さわやかじゃなかった。
やっとの思いで二人分の席を見つけて、僕たちは朝ごはんを食べた。僕はちっちゃなオムレツと丸いパンを選んだ。背が伸びるように、牛乳も飲んだ。モカくんはいちごジャムをぬったカリカリのトーストと、いちごジャムを乗せたヨーグルトを食べていた。飲み物はオレンジジュースだった。
「この学校、朝ごはんはシッソだねえ」
僕たちはちょっとだけくすくす笑った。
そのあと僕たちは教科書の入ったカバンを持って、長い廊下を歩いて、教室の前まで行った。モカくんと僕の教室はとなり同士だった。
「じゃあ、頑張ろうね!」
モカくんと僕はポン、とハイタッチをして、それぞれの教室に入っていった。
僕が入ったA組には、もうたくさんの人がいて、人の声でいっぱいだった。みんな、同級生なのにキラキラしていて、みんな、 もう、友達ができているみたいな感じだった。
どうしよう、僕、まだ誰とも喋ったことがないのに!
とりあえず、荷物を置こうと思った。黒板に貼ってある紙を見て、自分の席を探して、後ろの方にあるのを見つけて、とりあえずそこに座ってみた。けれど、座ったあと、どうすればいいか、わからなくなってしまった。あっちを見ても、こっちを見ても、やっぱりどうすればいいかわからなかった。
僕だけが一人ぼっちになってしまったみたいで、急に怖くなった。心臓が嫌な感じでどくどくとしていた。
ほんとにどうしよう……と思っていたら、チャイムが鳴って、みんな急におとなしくなって、自分の席に座り始めた。みんなのお喋りがやんで、僕はちょっとだけほっとした。けれど、静かになったと思ったのは一瞬だけで、今度はみんな、こそこそとお話をし始めた。僕は落ち着かなくて、キョロキョロとしてしまう。そんな時だった。
「はい、おはようございます」
ドアが開く音と一緒に、優しくて柔らかいおじさんの声が聞こえてきた。
僕はドアの方を見た。それから、驚いてしまった。だってその人の見た目が、あんまりにもその人の声の感じと同じだったから。
優しそうな目、うす茶色の柔らかくて短い髪の毛、髪の毛とおんなじ色の、ちょびっとしたお髭。茶色のベストを着ていて、ほっぺもお腹もふっくらしているけれど、不思議と、この学校の誰よりもお上品な感じがする。
その人はゆったりと歩いてくると、みんなの前で、にっこりと笑った。
「ごきげんよう……と言うと、 ちょっとびっくりしてしまうかな? はじめまして、皆さん。私はビスコッティ。皆さんの担任をつとめます」
お砂糖入りのあたたかい紅茶みたいな、ほっとしてしまう声だった。どうしてかじんわりと胸にひびく声で、思わず聞き入ってしまう。
「新しい毎日は、少しどきどきしますね。でも大丈夫。お茶の時間みたいに、ほっとできるクラスにしたいと思っていますからね」
お茶の時間……。
「それでは、皆さんがここで過ごしていくために必要なことを、説明していきますからね」
僕はちょっと、変わった先生だなと思った。けれど、何より、とにかく優しそうな先生で、本当によかったと思った。
「わからないことや、困ったことがあれば、なんでも言ってくださいね」
ずっと、優しそうな先生だった。
そのあとチャイムが鳴って、ビスコッティ先生は教室を出ていってしまった。「もう行っちゃうの?」なんて寂しい気持ちが出てきて、会ったばっかりの先生にそんなことを思ってしまうのは不思議だなと思った。
休み時間になって、みんな、席を立って、お友達たちとお喋りし始める。また、嫌な心臓のドクドクが始まった。教室の右前の方を見てみると、短い金色の髪の毛の男の子とぱちッと目が合った。男の子はすぐに目を逸らしてしまった。左の方を見ると、今度は紺色の髪の毛の男の子と目が合った。この男の子も、すぐに目を逸らしてしまった。
どうしよう。そう思っていた時だった。
「わぁ! 近くで見るともっとかわいいね!」
頭の上から、ふわっとした男の子の明るい声が降ってきた。上を見ると、柔らかい茶色の目をした男の子が、にこにこと笑って見ていた。髪の毛は僕よりずっと落ち着いた茶色だけど、一ふさだけ白い束が混ざっていて、都会の子みたいで、なんだかすごくおしゃれに見える。
「えっと……」
「僕、エクレア! きみはショコラくんだよね? かわいいから話しかけちゃった!」
「ええ……」
変なことを言う子だなと思って、僕は困ってしまった。けれどエクレアくんは、困っている僕には構わないで続けた。
「ねぇ、僕、ショコラくんとお喋りしたいな。ショコラくんってどこから来たの? 寮はどこ? 好きなお菓子は?」
「あ、えっと……」
「髪の毛はどうやってセットしてるの? 兄弟は何人いるの? 好きな教科は……」
「わ、えっと、まって!」
思わず大きな声が出てしまった。クラスのみんなの目が、こっちに集まる。僕はいそいで、モカくんのマネをして咳払いをした。それから、落ち着いた声で言った。
「あの、そんなに一気に聞かれたら、困っちゃうよ」