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ショコラと紅茶の魔法【8】

「これ、上級生が言ってたやつだ……」

 エクレアくんが、ぼそっと言った。

「え……」

 僕はだんだんと落ち着いてきて、痛いくらいに暴れていた心臓は、痛くないくらいには、静かになってきた。

「モカくん、ショコラくん、これ、上級生が言ってたやつだよ……」

 エクレアくんはこっちを見て、それを指をさして言った。少し声が震えている。

 僕はエクレアくんの指さす先を、ようやく落ち着いて見ることができた。倒れているのは、制服を着た生徒だった。青い髪をしているけれど、うつ伏せになっていて、顔は見えない。背は僕たちよりも大きくて、上級生に見える。

 それから、この人の頭の横には、水浸しになった大量の赤い花びらと、知らない男の人が写った写真が落ちていた。

「どうしました、何があったのですか」

 何人かの大人たちがワラワラとやってきた。数学の先生と、警備員さんと、知らない先生だった。

「あの、この人が、廊下に倒れてたんです」

 モカくんが大人たちに説明した。その横でエクレアくんは、「写真……写真撮っておかないと……でもカメラがない……」と、体をソワソワさせながら、ブツブツと言っていた。僕にはそれが、少し怖く見えた。

「あとは大人に任せてください。皆さんは寮に戻って」

 数学の先生がそう言って、僕たちを回れ右させて、背中をぽんぽんと押した。エクレアくんは思いついたというように「そうだ、絵だ、絵を描いておこう……」と言って、ポケットからメモ帳とペンを出して、さささっと何かを描き始めた。数学の先生は「何をしているのですか、早く帰りなさい」と、さっきよりも少し強い声で言った。エクレアくんは無視して後ろを向いて、さっと何かを描いてから、「はーい、帰ります」と前を向いた。



・ ・ ・



 廊下を歩いている間も、エクレアくんはメモ帳に何か書き続けていた。

「制服、あざやかな青い髪、赤い花びら、水で濡れていた、大体花束一つ分くらいの量、横に男の人の写真、黒い髪、バラ園の前で笑っている、胸から上の写真……他に書いておいた方がいいことはあるかな?」

 エクレアくんはペンを止めて、僕たちの方を見た。いつもの明るいエクレアくんの顔じゃなかった。僕が「上級生っぽい人だったってこととか……?」と言うと、エクレアくんは、「確かに背は高かったけど、それで上級生っぽいって決めつけるのはよくないよ」と言って、それから、聞こえるか聞こえないくらいの声で、「でも僕たちより背が高いっていうことは書いておいた方がいいかもな……僕たちよりは高くて、アゲート先生よりは低い……」とつぶやきながら、ペンをささっと動かした。

 さっきからエクレアくんは、無表情で、ブツブツと何かを言いながらメモに向かっている。モカくんは何も言わない。

 怖い。

 僕は思わず、「あの、二人とも、僕、怖い……」と言ってしまった。そうしたら二人はパッと顔をあげて、「ごめんごめん、つい集中しちゃった!」「あ、ごめん、僕もぼーっとしちゃった」と、いつもみたいな明るい声で言った。それからエクレアくんは、

「ねえ、僕が上級生から聞いた話、してもいい? 今日はもう遅いから、明日、放課後に」

 と言った。「事件現場見ちゃったわけだし、知ってること、二人に言っておいた方がいいかなって」って。



・ ・ ・



「三年B組ゲロ花撒き散らし事件!?」

「しっ! 声大きいよ!」

 エクレアくんが焦ったように、人差し指をピンと立てて言った。

「あんまりおっきい声で喋っちゃまずいんだから……だからわざわざ放課後の裏庭選んでるんだからねー!」

「ごめんごめん」

 僕とモカくんはちっちゃく謝る。

 僕たちは、人のあんまりいない裏庭で、こそこそ話していた。エクレアくんはちっちゃな茶色いメモ帳をパラパラとめくりながら、「気をつけてね!」と言った。それから、続けた。

「僕たちが入学する前の事件だね。三年B組っていうのは、その時の話。三年B組の上級生が、教室の中で、昼休みに突然、花を吐いちゃったの」

「花を吐いちゃった?」

「そのまんまの意味だよ。こう、胃の奥から、ぐわっと、大量に花が湧いてきて、ゲロゲロって、出ちゃったの」

「なにそれ……」

 モカくんはゲェっていうような顔をしていた。けれど……。

 花を吐く。

 僕にはちょっとだけ、綺麗で、ロマンチックに思えてしまった。だって、自分の体の中から花が出てくるんだから……。それから、真面目な事件のことをそんなふうに思ってしまった自分が恥ずかしくなって、口がもにょもにょっとなってしまった。

 エクレアくんは全然気にしている様子もなく、続けた。

「それでね、その上級生は、花を吐いてから、なぜか眠っちゃったんだって。死んではないけど、なぜか起きないの。今もずっと寝てるんだって」

「えぇ……」

「お医者さんが見ても、なんでこうなっちゃったか、どうやったら目を覚ますのか、わからないらしいよ」

「こわいね……」

 モカくんはやっぱり嫌そうな顔をしていた。けれど僕は、昔、パパから聞いた童話を思い出して、ますますロマンチックに思えてしまった。永遠の眠りだなんて、なんて、お姫様みたいな……。

 エクレアくんはさらに続ける。

「それでね、なんでこの話をしたかっていうと、昨日の水浸しの花が、それでセツメイできそうだからなんだよね」

「説明できそう? どういうこと?」

 モカくんが口をはさむ。エクレアくんはモニョっと、「まあそこは、本当は僕もギモンなんだけど……」と言ってから、「まあ聞いてよ」と続けた。

「実はね、この学校では、二年前くらいから似たような事件が起きてるんだって。学校の中で、人が倒れてる事件。必ずそばに、水浸しの花が落ちてるんだって。もしこれがゲロ花なら、いろいろキレイに説明できそうなの」

「そうなの?」

「うん。事件の話するね。上級生たちが知ってるだけでも、三件。今回のも入れると四件。倒れているのは全員、この学校の生徒。近くに落ちてる花の色は全部赤。倒れている場所はバラバラだけど、学校の中のどこかではある。逆に言うと、学校の外では似たような事件がないんだって。それと……」

 エクレアくんはメモを一ページめくって言った。

「倒れてた人は全員、今も寝てるんだ。起きないんだって。死んではいないけど、倒れてからずっと寝てる。昨日倒れてた人も、今日の朝キキトリに来た警察の人に聞いたらね、こっそり、『死んでないけど寝たまんま』って教えてくれたんだ。だから、もし、昨日の人の横に落ちてた水浸しの花がゲロ花なら……もしあれがゲロ花だってカテイすれば、この倒れてた人たちには、さっきの三年B組ゲロ花撒き散らし事件と同じことが起きてるんだよね」

「へぇー……」

「って言っても、これはあくまで、学生新聞の上級生の意見! 確かにつながるところは多いけど、僕はね、それだけのザイリョウで結びつけるのはどうなんだろうって、思ってるよ! 一緒に落ちてた写真はなんだったのってギモンもあるしね!」

「そうなんだ……」

 そうなんだ。僕は「そうなんだ」としか言えなかった。それよりも僕は、エクレアくんの変わりようの方が、ずっと気になってしまった。今日のエクレアくんの言うことは、妙に固いし難しい。それに、今日のエクレアくんは怖いくらいに落ち着いている。まるで、大人の人みたいな話し方。昨日の夜も、なんだか変だった。なんだか、別人になってしまったみたいだった。

 でもそう思ってるのって、僕だけで、エクレアくんって、本当はずっとこんな感じだったのかな。

 あと、普通に話がはやくて追いつけないよ。

 僕がエクレアくんを見てぼんやりしていると、横でモカくんが口を開いた。

「でもさ、花を吐くって、どういうこと? いや、花を吐いちゃったっていうのはわかるんだけど、花を吐くなんて、聞いたことないよ。どういうシクミなの? マジックで口から花を出すのとは違うんだよね? そのあとに寝ちゃうのも意味わからないし……」

「花を吐いて寝ちゃうのは、ずっと昔に、そういう病気があったみたいだよ。三百年とか、そのくらい前の話」

「そうなの?」

「うん。でもこれは、上級生もあんまり詳しくなかったんだ。それでさ……」

 エクレアくんはパタリとメモ帳を閉じて言った。

「これから、そういうのに詳しそうな上級生に話を聞きに行こうと思うんだ」

「詳しそうな上級生?」

「なんでも知ってるモノシリの上級生がいるんだって。フランボワーズさんっていう名前。ずっと図書館にいるから、『図書館の魔女』って呼ばれてるんだって。男の人だけど!」




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