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ショコラと紅茶の魔法【9】

 エクレアくんを先頭にして、図書館の扉を開ける。エクレアくんは「僕が気になるだけだから、二人は帰っても大丈夫だよー?」と言っていたけれど、モカくんは「僕も気になるからついていきたいな」と言っていたし、僕もおんなじように、なんとなく気になってしまったので、エクレアくんについていくことにした。

 っていっても、さっきのエクレアくんの話、全然理解できていないし、僕が役に立てるとも思えないけど。

「ショコラくん、どうしたのー?」

 エクレアくんは笑いながら僕を見た。

 気がつくと僕は、なんとなく、エクレアくんを盾にするみたいな感じで、エクレアくんの背中にピッタリくっついていた。僕は「別に、なんでもないよ」と言った。エクレアくんは「そうー?」と笑っていた。僕は、自分が緊張していることはわかったけれど、なんでこんなに緊張しているのかはわからなかった。

「あっ、あの人がたぶん、フランボワーズさんだね」

 エクレアくんはテーブルの奥を指差した。モカくんは「人のこと指差しちゃまずいよ!」と小声で言った。

 エクレアくんが指差す先にいたのは、あの時の、綺麗な二人の上級生だった。

 銀色の丸いメガネと、木苺みたいな赤い目。ところどころ赤色が混ざった、クリーム色の三つ編み。

 高い背。サラサラの、眩しい金色の髪。後ろが短くて前が長い、不思議な髪型。

 まさか、あの綺麗な人たちが?

「あっ、えっ、あっ、あの人たちが、図書館の魔女の人なの?」

 僕は変な声になってしまった。なのにエクレアくんは「多分そうだよー」と、なんでもないように言った。

「魔女の人は、メガネの人の方だね。もう一人の方は、魔女の人と同じ学年の上級生かな。名前は多分……」

「誰だあいつらは」

 突然、金色の上級生の口が動いて、そう言ったように見えた。実際にそう聞こえたわけじゃないけれど、そう言っているように見えてしまった。

 一瞬、心臓が凍ったような感じがした。なのにエクレアくんは、

「モカくん、ショコラくん、行こ!」

 と言って、ズンズン進んでいってしまった。「あ、待って」と、声にする間もなく、エクレアくんとモカくんは行ってしまって、僕は慌ててエクレアくんの背中に向かって小走りした。

「すみません! あなたがフランボワーズさんですか?」

 エクレアくんは全然遠慮する様子も見せないで、元気に話しかけた。メガネの人は「ほぉん、やけにこちらを見ていると思ったら、本当に話しかけに来たぞ」と、ニヤリと笑った。それから、本に栞を挟んで、パタンと閉じてから、

「いかにも。ワタシが、フランボワーズだ」

 と、落ち着いた声で言った。高くも低くもないのに、妙に深い感じのする声。もしこの人に何かを言われたら、なんでもかんでも、ありがたくなって、信じてしまうかもしれない……と思った時だった。

「何が『いかにも』だ。下級生の前でカッコつけるのはやめろといつも言っているだろう」

 今度は上から、鋭い声が降ってきた。よく磨かれた、騎士の人の剣みたいな声。金色の上級生だった。

 見上げると、バチンと、金色の上級生と目があった。髪の色よりも少し暗くて薄い目。声よりもずっと鋭くて、この人の前では、秘密にしていることなんか、全部バレちゃうんじゃないかと思った。

 なのに、そんなことはまったくどうでもいいかのように、フランボワーズさんは、

「カハハ、ムクな下級生をたぶらかすのはワタシの数少ない趣味なんだ。止めないでくれ、ジル」

 と言って、カラカラと笑った。

 え、なにこの人……。

「なぁジル、君も自己紹介したらどうだ?」

「この下級生たちの目的は私ではなくお前だろう……まあいい、私はジルコンだ」

「ジルはなぁ、イチゴのタルトが好きなんだ」

「余計なことを言うな、フラン」

「なあ君たち、君たちももしかして、『図書館の魔女』と聞いてワタシのところに来たのかね?」

「図書館の魔女? こんなのはただの化け狸だろう」

 ジルコンさんがそう言うと、フランボワーズさんは「ジルはひどいことを言う!」と、また、カラカラと笑った。

 本当に、なにこの人たち……。

「僕は一年A組のエクレアです! ムクな下級生じゃないですよ! それより、聞きたいことがあって来たんです!」

 エクレアくんは一歩前に出て言った。すごい、全然気にしないで聞けるんだ……。

「いいだろう、なんでも聞くといい」

 フランボワーズさんは、テーブルの上で手を組んで言った。

 それからエクレアくんは、茶色のメモ帳を開くと、裏庭で僕たちに話してくれた話をもう一回して、「三百年前の病気のことを聞きたいんです」と言った。チラッと見えたメモ帳には、丸い文字で原稿が書いてあった。え、原稿!?

 フランボワーズさんは話を聞き終えると、「なるほど、『カエキ』のことだな」と言った。

「かえき?」

「花に疫病の疫で花疫だ。その花を吐いて眠る病気は『花かぜ』と呼ばれていてな、三百年前に大流行りしたんだ。かぜと呼ばれるくらいだから、感染症だ。症状の割に軽すぎる名前だとは思うがな」

「はぁ……」

「症状は君たちが言うそれと同じだ。花を吐いて、激しい発作の後に、意識を失って、眠り続ける。それだけだ。死にはしないとはいえ、花を撒き散らした後に、永遠に眠り続けるわけだからな、街はもう、花と恐怖でいっぱいになったらしいぞ」

「はぁ……」

「しかしな、花かぜはもう消えたはずなんだ。治療法も予防法も確立されて、今では完全に見かけなくなった。君たちだって、今まで花かぜの存在は知らなかったわけだろう?」

「はい……」

「それなのに今になって、しかも学校内でだけ花かぜが出始めたというのは、妙としか言えない。本物の花かぜなら、もっと感染が広範囲に広がっていてもおかしくないしな……」

「そうなんですね……」

「情報が少ないのでなんとも言えないが、花かぜに似た別の何かが、人為的に引き起こされている可能性があるんじゃないか? なあ、その事件、面白そうだ。ワタシとジルも調査団に混ぜてくれ」

「別に調査団ではないですけど、いいですよ!」

「よかった、嬉しいぞ。できる限り力になろう」

 そう言ってエクレアくんとフランボワーズさんは、にっこりと握手した。えっ、あれっ、待って、そんなあっさり、そんな方向に話が進むの!? ジルコンさんは眉間にシワを寄せて、「はあ? なに? ふざけるな、私は興味ないぞ」と言っていた。ああ、やっぱり、そうだよね!

 フランボワーズさんは見上げると、「事件調査にはフィジカル担当も必要だ。どうせ放課後はワタシといるのだから、別にいいだろう、ジル?」と言った。ジルコンさんは嫌そうな顔で「別にいつもお前といるわけではない」と言いながら、僕たちの方をチラッと見て、「お前に下級生を預けるのは心配だ。時間のある時は、協力してやろう」とため息をついた。フランボワーズさんは「さすがジルだ!」と笑っていた。



・ ・ ・



 白くてふわふわのパジャマに着替えて、僕は、ベッドの上でぽんやりしていた。

 今日は、たくさん、怖い話聞いちゃった。たくさん、難しい話聞いちゃった。

 でも……。

「ねえショコラくん。ショコラくんは今日の話、どう思った?」

「えっ」

 向こうのベッドから、モカくんが聞いてきた。

「どう思ったって……?」

「いや、別に、具体的に何かこう、どう、ってことは、ないんだけど……」

「うーん……」

 僕は少し、考えてみた。

「怖いことが起きてるなあっていうのは、思ったよ。でも、僕、あんまりピンときてないかも……」

「そうなんだ」

「うん。頭ではね、怖いことが起きてるって、ちゃんとわかってるんだ。でも、あんまり気持ちが、そうじゃないかも。これって、変なのかな……」

「うーん、わからないけど……あっ、でも、ジルコンさんとかは興味ないって言ってたし、そんなに変じゃないのかもしれないよ」

「そっかな……」

 僕はころんと、ベッドの上に寝っ転がった。それから、モカくんに「モカくんはどう思った?」と聞き返してみた。

「うーん、そうだなあ……」

 モカくんは少し考えてから、

「移動する時は、集団で固まって移動した方がいいのかなって、思った」

 と言った。えっ、ジツムテキ。大人!

 モカくんは続けた。

「エクレアくんとフランボワーズさんは、調査にノリノリだったよね。僕もちょっとは気になるよ。でも僕たちには普通に学校があるし……僕はクラブ活動も大事だから、ジルコンさんみたいに、『時間がある時に』協力したいなって思ってるな」

「そうなんだ……」

 モカくん、そんなふうに考えてるんだ。僕は、どうだろう……。

 うまく考えが出せないや。

 明日、ベリルさんに、相談してみようかな。会えたらだけど……。



・ ・ ・



 次の日の放課後、僕はお庭をうろうろしていた。花壇とかをいじっているベリルさんに会えたらいいなって、思いながら。

 でも会えたのは、ベリルさんじゃなくて、アプリコットさんだった。

「ショコラくん、また会えたね」

 アプリコットさんは、木に寄りかかりながら、コテっと首をかしげて、ひらひらと手を振った。

「アプリコットさん……」

「昨日は来なかったね。何かあったのかな?」

「えっと……」

「ふふ、詳しいことは聞かないよ。ねえ、今日もお茶会しようよ」

 アプリコットさんはそう言って、すっと目を細くした。

 僕は少し迷った。でもすぐに、そっか、別に、相談する相手って、ベリルさんじゃなくてもいいのかと思った。

「はい、したいです」

「ふふ、よかった。じゃあ、今日は一緒に準備しようか。ついておいで」

 僕はアプリコットさんの後について歩いて行った。



 ティーセットを用意して椅子に座ると、さっそく、僕は一昨日の事件と昨日の話をした。

「ふぅん、そんなに怖い事件があったんだ?」

「はい、そうなんです。でも、あんまり気持ちが追いつかなくって……大変なことが起きてるのに、あんまり大変だーって思えなくて、こんなんじゃ、ダメなんだろうって思ってるんですけど……」

「そんなもんじゃないかな」

「え?」

「あまりにも大きすぎる話って、どうすればいいか、わからなくなっちゃうものだよ。ショコラくんはきっと、廊下で倒れている人を見つけちゃった時は、小さくて、今まさにそこにある事件だったから、怖いと思ったんだと思う。でも、三年B組の事件とか、花疫なんてのは、大きいし、遠いし、自分にどう関係するのかわからないからね。そう思っちゃうのは自然なことだよ」

「そうなんですか……」

「うん。だから、ショコラくんはショコラくんの生活を送ればいいだけだと思うな」

 そう言ってアプリコットさんは、紅茶に口をつけた。アプリコットさんの言うことは、わかるような感じで、わからなくて、僕は小さく「はぁ」と返すしかできなかった。そうして僕も、ちょっと紅茶を飲んだ時だった。

「そういえば、ダイヤくんはどうしたの?」

 突然、アプリコットさんは、いたずらっ子みたいに笑って言った。

「え!?」

 突然言われたせいで、体がビクッとなって、紅茶をこぼしてしまった。白いテーブルクロスに赤いシミが広がっていく。僕が「ごめんなさい」と言うと、アプリコットさんは「大丈夫だよ」と優しく笑ってくれた。

「それより、ダイヤくんの話、聞きたいな」

「えっと……ダイヤくんとは、なんにもないです……」

「ふぅん?」

「話せてないです……廊下で見かけたりもしてなくて……」

「そうなんだ?」

「はい……」

 僕は、自分でもわかるくらいに、だんだん声が小さくなっていってしまった。本当に、ダイヤくんとは、何もなかった。ちょっとあいさつするだけのことすら、まだできていなかった。

 僕はダイヤくんに会うために、この学校に来たのに……。

「ダイヤくんのこと、まだ好き?」

「好きです!」

 ガタッと音がして、紅茶がこぼれそうになってしまった。気がついたら、大声が出てしまっていた。アプリコットさんに「そっか」と笑われて、そこでやっと、自分の声に気がついて、恥ずかしくなった。

 何を言えばいいかわからなくなってしまって、「えっと……」と言うと、アプリコットさんは頬杖をついて、いつもよりもずっと、甘い甘い笑顔を作って言った。

「ねえ、明日、ダイヤくんに会いに行こうよ」




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