恋人のやり方がわからない 6
26
「五十嵐くんと、付き合うことになった……」
一人、ベッドの上で呟いてみました。ですがそれは、自分の声に思えませんでした。
「明日からどうなるんだろ……」
本当に、どうすればいいのでしょう。
本当に、どうなってしまうのでしょう。
27
翌朝、私の 瞼は微妙に重くなっていました。
ですが登校して、ぼんやりと、なんの気なしに教室を見たら……、
「……!?」
窓際の席に、五十嵐くんがいました。
「いっ、五十嵐く……」
私が固まっていると五十嵐くんがこちらを向き、しっかりと目が合ってしまいました。
「あ……」
そこから、何秒、その場に立ちすくんでいたでしょうか。
背後から女子生徒の「あの」という声が聞こえたところで、初めて、自分がドアを塞いでいたことに気がつきました。
「あっ」
今のは恥ずかしい。
「ごめん」
私は小さく謝ると、ぎこちなく歩いて、顔を真っ赤にさせたまま席につきました。恥ずかしい。今のは本当に恥ずかしい。
教科書を準備するフリをしながら羞恥に震えていると、突然、
「成瀬」
と、上から声が降ってきました。
「っ!」
びっ……くりした……。
「五十嵐くん……」
そろそろと見上げると、五十嵐くんはいつも通りの顔をしていました。
……いや、ほんの少しだけ顔が赤い?
……。
私がついまじまじと見ていると五十嵐くんは、「あんま見んなよ……」と、今度ははっきりと耳まで赤くさせて目を逸らしました。
「あっ、ごめん……」
「いや、いい……」
「……」
「……」
お互い照れて、下を向いてしまいました。
……。
付き合うとは、こういうことなのか……!?
私は下を向いたまま、意味もなく指をいじりながら「五十嵐くん、今日は早いね」と言いました。五十嵐くんは「なんか、なんとなく」と、妙にもごもごした声で返してきました。
なんとなくで、そう登校時間が早くなるものですか。
「……」
「……」
また、沈黙です。
でも、いつもの沈黙とは明らかに違います。
明らかに、ソワソワしている。
お互いに。
どうしよう……。
……。
「……成瀬」
「なにっ!」
「わ、びっくりした……」
「あっ……」
つい、大声が出てしまった。
「ごめん、なんか緊張……しちゃって……」
「いや、俺も……」
「……」
「……」
……なんですか、これ……。
私はまた俯きました。
上が、見られない。五十嵐くんの顔が、見られない。
でも、だからといって、どうすれば。
私が必死に床のを凝視していると、
「成瀬、今日、一緒に飯食わね……?」
と、突然、びっくりするくらいに素朴なお誘いが降ってきました。
びっくりするくらいに、控えめな声で……。
「飯……?」
つい見上げると、五十嵐くんは真っ赤な顔のまま、強く両手を握っていました。
あ、かわいい……。
「……いいよ」
出てきた私の声は、微妙に震えていました。
「じゃあ、また昼……」
五十嵐くんはそう言うと、すっと背中を向け去っていきました。
「あっ、待っ……」
言いかけましたが、その声は届きませんでした。だからといって追いかけるのも気恥ずかしく、私は机の上に突っ伏しました。
なんで。
なんで……!
なんで付き合おうと言っただけで、こんなに!
28
四時間目のチャイムの後、教科書を片付けていると、お弁当を持った五十嵐くんがそろそろとやってきました。
くっ、来るのが早い!
「ごめん、すぐ片付けるからもうちょっと……」
「全然ゆっくりでいいから……」
「うん……」
ゆっくりでいいと言われたって!
私は急いで片付けると、「お待たせ!」とやけにハキハキとした声で言って、それから、あれ、どうしたらいいんだと、固まってしまいました。
こういう時って、どうすればいいんだ……?
と、思っていたら。
「成瀬、ここの机、使っていいのか……?」
「あっ、いいと思う!」
「じゃあそっちに寄せるから……」
そう言って五十嵐くんは、私の前の席の机を動かしました。そこはちょうど、遠くのグループにお弁当を持って移動していった生徒の席でした。
そっか、いなくなった人の席を使えばいいのか!
私はただただ、机を移動させる五十嵐くんを見ていました。
……いや。
なんだこれ。
これじゃあ、初心者丸出しじゃないか。
「成瀬……?」
「あっ、ごめん、ぼーっとしてた」
「……そうか、食おうぜ」
五十嵐くんは、目の前の席に座りました。
……。
初めて、面と向かって座りました。
29
「……」
「……」
……緊張する。
まずい、ものすごく緊張する。
ただ一緒にご飯を食べるだけなのに。
こんなの、友達同士でも普通にやるはずのことなのに。
「……」
「……」
ソワソワする。
五十嵐くんも、多分ソワソワしている。
やっぱり、この前までの沈黙とは違う。
どうすればいいんだ、これ。
結局食べている間、私たちは会話をしませんでした。正面を見たら何かが終わってしまうと思い、ずっと、下を見続けていました。
最後の卵焼きを食べ終え、お弁当が空になってしまった瞬間、かなり、本当に、どうすればいいのかわからず、困りました。そのまま空の弁当を出し続けているのもおかしいので、ゆっくりと、ゆっくりとした動作で蓋を閉めましたが……。
……そっと視線を上げると、五十嵐くんは机の上で手を組んで、私を真っ直ぐに見ていました。
……見ている!?
目が合って、ギクリとしたように、五十嵐くんは小さく身体を固まらせました。それからすっと窓の方に目を逸らして……しかし「いやでも、付き合ってるし……」と何か言い訳するように呟き……またこちらを見たかと思えば、もう一度外に目を逸らしました。
五十嵐くん……。
なんですかそれ……。
「五十嵐くん、食べるのはやいんだね……」
特に意味もなく言ってみましたが……。
「別に……」
返ってきたのは、それだけの、ぶっきらぼうな声でした。
やっぱり、顔が赤い。
照れてる。
それが分からないほど、私は鈍感な人間ではありませんでした。
30
「成瀬、今日も一緒に帰んね?」
放課後、チャイムが鳴ってすぐ、五十嵐くんは私の席にやってきました。
いつもの誘い文句。
でも。
来るのが早い。
「……うん、いいよ」
私は急いでカバンに教科書を詰めて、「お待たせ」と、今度こそは落ち着いた声で言いました。
「じゃ、行こうぜ」
「うん……」
私たちは並んで教室を出ました。
「……」
「……」
今日も、無言だ。
学校を出てもなお、無言だ。
昨日、あんなに恥ずかしいことを言ったのに。
もしかして五十嵐くんは意識していないのだろうか……、
なんて、そんなわけはない!
意識していないなら、お弁当の時のあの挙動はおかしい!
……ですよね?
……。
……もう少し、近づいてみてもいいのでしょうか。
でも、どうやって……。
「成瀬」
「なっ、なに?」
「手、繋いでもいいか?」
……。
……手!?
五十嵐くんは、顔を真っ赤にしてこちらを見ていました。
「いっ、いいよ!」
私はそう言って、右手を前に出しました。
五十嵐くんはすっと一つ息を吸うと、
「じゃあ、触るぞ……」
と、優しく、そろそろと包み込むように私の手を握りました。
「っ……!」
「あっ、嫌だったか!?」
「嫌じゃないよ!」
互いに、声が大きい……!
どうにも顔が熱くなってしまって、私はもう片方の手でパタパタと顔をあおぎました。五十嵐くんは、「嫌じゃないなら、よかった」と、ほとんど聞こえないくらいの声で呟きました。
「……」
「……」
コンビニを通り過ぎる頃には、身体も少しだけ落ち着いてきました。
握られたところが、熱い。
当然だけれど。
ドキドキする。
当然だけれど……。
「なぁ、成瀬」
「なに……?」
五十嵐くんが、真っ直ぐな目で見ている。
「俺たち、もう普通の友達じゃないんだよな……?」
「……うん」
「普通の友達じゃないこと、していいんだよな……?」
手を握っておいて、何を今更……。
「うん、いいんだよ……」
普通の友達じゃないこと、なんて、五十嵐くんはなんてことを言うんですか。
「……」
「……」
……五十嵐くん、雲だよ。
……最初に喋った時は、雨だったね。
……いや。
急に、喋り方がわからなくなってしまった。