恋人のやり方がわからない 9
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夜。すっかり暗くなりましたが、私はまだ、悠介くんと一緒にいました。
二人で並んで、あのT字路までの道を歩いていました。
「……今日も天気がいいね」
「……そうだな」
私はまだ、さっきの部屋のことがまだ気恥ずかしくて、うまく振る舞えません。
「……そういえば悠介くんは、星は見えるの?」
「明るいやつなら、なんとか……」
「そうなんだ」
そう言うと悠介くんは、目を細めて空を見ると、
「今度の土曜にでも、眼科行ってこようかな」
と呟きました。
「メガネの?」
「メガネっつうか、コンタクトが欲しいかな」
「そうなんだ」
それから悠介くんは、「眼科ってなんか怖いことすんのかな」と聞いてきましたが、あいにく私は目が良かったので「わかんない」と答えることしかできませんでした。
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思い立ったのは、その日の夜の九時頃でした。
T字路に着き、悠介くんと別れ、家に帰り、母親に「遅かったね」と言われ、食事も入浴もすべて終わらせ、さて勉強をやろうと机に向かった時でした。
「猫……」
突然、昨日のメッセージのことを思い出しました。
ベッドに投げていたスマホを拾い、悠介くんとのメッセージ画面を開いてみました。しかし当然、そこにあるのは、送信取り消しの履歴と、無機質なサムズアップの絵文字だけです。
また、見たい……。
いや、今は勉強を……。
……。
気になる。
自分から、かわいいスタンプを送ってみようか。
こちらが送ったら、向こうも送り返してくれるだろうか。
あと、付き合っている人から可愛いスタンプが来たら、悠介くんは喜んでくれたり……?
……。
いや、そんな。
変なことは考えるな。今は勉強だ。
それに、可愛い三毛猫のスタンプは触れないことにしたんだ。
だから今は、忘れるべきなんだ。
……。
気づけば私はラインを開いていました。そうして、自分の黒猫のスタンプを眺め……思いました。
ちょっとクールすぎる。
これでは悠介くんの三毛猫を引き出すには不十分か?
私はスタンプのストアを開きました。別に、今すぐ買わなければと思ったわけではありませんが、ただなんとなく見てみようと思ったのです。
とりあえず「猫」と検索窓に入れ、スクロールしました。すると、出てくる出てくる、本当にたくさんの候補が……。ゆるいデフォルメ、ちょっとリアルな絵柄、フェミニンに振った作風……これだけあれば、選択肢のなさに困ることなどありません。ですが……。
「あれっ、もう十一時?」
さっきまで、九時くらいではありませんでしたか?
ストアから戻ってくると、悠介くんからメッセージが一通来ていました。今日もありがとう、楽しかった。それだけのものです。いつもの悠介くん。いつもの、まったく長文を言おうとしない、悠介くん。
ふと思いました。
送って、みようかな。
私は「俺も楽しかったよ」と打ち込んで送信すると、自分の黒猫スタンプ一覧をタップして、ざっと眺めました。そして見つけました。「ありがとう」と描かれたスタンプを。
本当に、送っていいのかな。
いや……。
一度迷って閉じてしまいましたが……もう一度開き直して、ありがとうのスタンプをタップし、送り……ました! 気づけば私の指は震えていました。
既読はすぐにつきました。
そして画面を見つめていると……ちょうどその一分後に、三毛猫がにこりと笑った、可愛らしいデフォルメのスタンプが送られてきました。
……。
「……うそ」
……こんなに簡単に、猫ちゃんが返ってきた?
……うそ!!
「っ〜〜〜!!」
まずい!
可愛い!!!
「ああ、もう〜〜〜!」
私は震える身体で、床の上を何度ものたうち回りました。
三毛猫ちゃん、私には少し、可愛すぎました。
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翌日も、悠介くんの方が先に登校していました。目が合ったので軽く会釈すると、悠介くんは小さく手を上げてくれました。
返事してくれた……!
いや別に、それだけなのですが。
私がカバンを置くと、悠介くんは私の机に来て「はよ」と言いました。いつも通りです。
ちょっと名前、呼んでみようかな。
私は「悠介くん、おはよ」と言いました。ちょっと声が、上ずった気がする。
やっちゃったかな、と、思いましたが……。
悠介くんの顔はみるみるうちに赤くなっていき、そうして、「不意打ちやめろよな……」とそっぽを向いてしまいました。
「あ……」
それを見て、私の顔も熱くなってきてしまいました。
先に呼んでほしいと言ったのはそっちなのに!
私は誤魔化すために、何か話題を探しました。昨日の猫……いや、猫はなんだか学校では触れたくない。じゃあ、何を、何を……。
「そうだ」
思いついた。
「今日、放課後一緒にアイス食べない……?」
「アイス……?」
悠介くんは目をパチパチとさせました。私は妙に焦ってしまい、
「いや、別に、アイスじゃなくてもいいんだけど……なんか、そういうやつやってみたくて……」
と続けました。
「そういうやつ……」
悠介くんは、まだ目をパチパチとさせています。
「なんか買って一緒に食べるやつ……なんだけど、ダメ……かな……」
さらに焦ってそう付け足すと……悠介くんは、顔を緩ませて「いいよ、やろう」と言ってくれました。
いいって言ってくれた……!
それから私は、思いつくままに「こういうのって、自販機で買って歩きながら食べるのかな、コンビニで買うのかな、それとも普通にお店で座って……」と並べていきました。すると悠介くんは再び目を見開き、「今そこまで考えるのか……!」と、何か大発見をしたかのように言いました。
そこで初めて私はハッとして、あっ、普通の高校生はわざわざこんなことを話し合わないものだったか? と、急に恥ずかしくなりました……が、悠介くんは「コンビニで買うやつやってみたい」と言ってくれました。
買うやつやりたいって……!
っ……!
それから私たちは、少しだけ喋りました。私が、新しく描いた絵を見せたのです。今回は雲ではなく月を描いてみました。クレーターや影をしっかりと描き込んだものでした。悠介くんはまた目をキラキラさせて、「うま」と言ってくれました。あれだけ重大事件だった絵を見せる行為も、今ではかなり日常になっていました。
チャイムが鳴り、悠介くんは「またな」と席に戻っていきます。私も「またね」と後ろを向き、小さく手を振った、その時でした。
パチンと、ある男子グループの一人と目が合いました。
「……?」
たまたまでしょうか。私はそれ以上特に気に留めず、席に座りました。
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「俺、このコンビニ来るの、初めてだわ……」
コンビニの前で、悠介くんは言いました。私が「初めて……?」と目を瞬かせると、悠介くんは、「ああ、初めてだ」と、なぜか自信ありげに言いました。
「でもここ、普通に学校の通り道だよね?」
「コンビニに来る用事なんかねえから……」
「朝ごはん食べはぐった時とか、お弁当持ってきてない時とか、普通にお腹空いた時とか……」
「そういうのはないからな……」
「へえ……」
私が再び目を瞬かせると、悠介くんは「言っとくけど、コンビニ自体は行ったことあるからな」と謎の強調をして、「入ろうぜ」と、先にドアの中に入っていきました。あ、待って!
「お前、何買う?」
そう言いながら、悠介くんは入ってすぐに右に曲がり、なぜか日用品の棚を経由してから、遠回りしてアイスのコーナーに辿り着きました。あ、本当に慣れていないっぽい……。
「悠介くんは?」
「まだ迷ってる……お前は? 」
「俺は……これにしようかな」
そう言って私が手を伸ばすと、悠介くんは、「それ……」と呟きました。
「ん?」
「ああ、いや、なんでもない」
「……?」
「いやお前、前もチョコのアイス買ってたから……」
「……!」
覚えられていた!
「そっ、そう! 俺、チョコ好きなんだ!」
「じゃあ俺もチョコにしようかな……」
「なんで!?」
「なんで……!?」
悠介くんの反応に、私は自分で「今何を言った!?」とびっくりしてしまい、急いでコホンと咳払いをしました。それから、「いや、悠介くんは悠介くんの好きなもの買った方がいいよって思ったから」と言い、その直後に、今の言い方はなんだかまずかった気がするなと、「悠介くんが食べたいなら、チョコでも全然、何も問題はないけど……」と、付け足して、さらにわけがわからなくなってしまいました。
悠介くんはそれを見てふっと笑うと、「俺もチョコ食いたいから、大丈夫だよ」と言ってくれました。それで私は少しだけドギマギしてしまい、少しだけ目を逸らして「悠介くんは、チョコ好きなの?」と聞きました。そうしたら、「よくわかんねえな……」と返されました。
「よくわかんないのに選ぶの……?」
「お前が食ってるの見て気になったから……」
「そうなの……?」
「お前、めちゃくちゃうまそうに食ってたから……」
……。
「……そうだった!?」
「ああ」
そう言って、悠介くんは同じアイスを手に取りました。悠介くんはなんでもないように言いましたが……食べるという無防備な姿を見られているというのは、恥ずかしいものです!
「他になんか買うか?」
「いや……俺はアイスだけでいいかな……」
「俺もいいかな……」
そうして二人で会計を済ませると、外に出て、早速アイスの袋を開けました。悠介くんの様子をチラリと見てから、食べるねと小声で言い、アイスを口に入れました。
美味しい。
程よい甘さが口の中に溶けていき……やはりチョコレートとは良いものです。
隣を見ると、悠介くんもアイ スに集中しているようでした。私が「おいしい?」と聞くと、「うまい」とのことでした。そうしてそのまま、私たちはペロリと完食してしまいました。アイスに集中していたので、会話はありませんでした。
「ゴミは……」
「あっ、あそこにゴミ箱あるよ」
そうして私たちはアイスを食べ、ゴミを捨てたところで……、
「コンビニでアイスって、こういう感じでよかったのかな?」
「知らねえ、楽しかったんならなんでもいいんじゃねえの」
「俺は楽しかったよ」
「俺も」
「……」
「……」
「ねぇ、このあとどうしようか」
「……とりあえず公園とか行くか?」
「いいと思う」
と、近所の公園に行くことになりました。
そして……、
「今日はいやに子供が多いな」
「イベントでもあったのかな」
「かもな……」
「……」
「……」
「……」
「……俺んち来る?」
「……行く」
悠介くんの家に行くことになりました。
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「ねぇ悠介くん、今日は二人で一緒に勉強するやつやってみない?」
お茶を持ってきた悠介くんに、私はそう言ってみました。
「勉強するやつ……」
「そう。二人でおんなじテーブルで、数学広げて、一緒に問題集進めるの……」
「いいけど……その……」
「ん?」
「数学なのか」
「あっ」
「まあいいけど……」
「いや別に数学じゃなくても、教科はなんでもよくて、でも漫画とかアニメとかだと数学やってるイメージが強かったから……」
私が急いでそう言うと、悠介くんはふっと笑い、「知らなかった」と言いました。そうして今日は、私の向かい側に座りました。
「やろうぜ、数学」
「うん……」
そうして私たちはノートと問題集をテーブルに並べました。私は付箋をつけていたページを開くと、チラリと悠介くんの方を見ました。
あ、悠介くん、付箋とかつけないタイプなんだ……。
……。
いや、今は集中しなければ。
私はノートを開いて問題に手をつけました。部屋の中には 、時計の針がカチカチと動く音と、シャーペンがサラサラと滑る音だけが響きます。それと、時折ページをめくる音も。
……。
……。
……悠介くん、筆圧強いんだな。
……いや、何を見ているんだ。
……。
……。
悠介くん、睫毛長い……。
いや。
……。
……。
悠介くん、唇……いや!
「なぁ、お前、集中してる?」
「えっ!」
余計なことを考えたのが、見抜かれた!?
「あー、その……」
誤魔化そうとすると、悠介くんは、
「俺、集中できなくて……」
と言って、「すまん」となぜか謝ってきました。
……え。
「悠介くん、集中できてなかったの……?」
「悪い……」
「いや、全然いいよ……俺も集中できなかったし……」
私がそう言うと悠介くんは、「そうなのか?」と小さく目を見開き、それから少しだけ目を逸らすと、「やっぱそっち行っていいか……?」と、ほんのり顔を赤くさせました。
そんな顔をされて、断れるわけがない……。
いや、普通に嬉しいけれども……。
「……いいよ」
私が言うと、悠介くんはそろそろと歩いてきて、私の横にそっと座りました。
いつもの、これ……。
どちらからともなく手を出すと、そろりと指先同士で触れて、いつものように絡ませました。
キスしたい……。
突然、そんな欲が湧いてきました。
いや、突然じゃない。
ずっと、思っていた……。
でも、言っていいのだろうか。
悠介くんは、いいよと言ってくれるだろうか……。
「……律?」
「あっ……」
ハッとしました。私はじっと、悠介くんの顔を見続けていました。悠介くんは、不思議そうに私の顔を見返していました。
「どうかしたか……?」
「ごめん、なんでもない……」
私は俯きました。
言いたい。
けど、言えない。
あんなに恥ずかしかった告白はできたのに、「キスしたい」の一言が、言えないなんて。
「……」
「……」
「……律、やっぱりなんでもなくないよな?」
「え……?」
「いや、なんか、いつもよりソワソワしてるから……」
「っ……!」
なんですかそれ!
そんな簡単に、私の恥ずかしいところを、言わないでくださいよ!
でも悠介くんは、逃がしてくれない。
「俺、悠介くんとキスしたくて」
あー……言ってしまった……。
「……!」
案の定、悠介くんは驚いた顔をしていて……。
私はまともに見ていられなくて、「今のは忘れて」と、悠介くんと反対側の壁を向いてしまいました。それなのに悠介くんは、
「いや、忘れるは無理だろ……」
なんて、言いました。それから、
「俺さ……」
「……」
「お前、そういうの嫌なのかと思ってた」
と、言いました。
「えっ……」
私が振り向くと悠介くんは、
「俺も、したい」
と真っ赤な顔で、真っ直ぐな目で言ってきました。
「俺もしたいと思ってた」
「そう なの……?」
本当に、そうなの?
「じゃあ、する……?」
「ああ……」
「でもするって、どうやれば……」
「普通に、すればいいんじゃねえの……」
「普通にって……」
「俺もわかんねえ……」
「じゃあ、その……」
「……」
二人で、固まってしまいました。
「……」
「……」
「……とりあ えず、こっち向けよ」
悠介くんが、言いました。
「……」
私は悠介くんの顔を見上げました。
「……していいか?」
「……いいよ」
「……するぞ」
「……うん」
……キス、するんだ。
しちゃうんだ、キス。
目を閉じて、少しだけ顔を近づけると、ふっと、唇に柔らかいものが触れました。優しく触れて、離れて、もう一度触れて。目を開けると、顔を真っ赤にさせて、溶けてしまいそうな目でこちらを見る悠介くんがいました。
しちゃったんだ。
本当にしちゃったんだ、キス。